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映画『希望の灯り』 ……旧東ドイツの巨大スーパーで働く人々を描いた傑作……

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読書好きなら、誰しも“新潮クレスト・ブックス”は知っていることだろう。


“新潮クレスト・ブックス”の優れている点は、

①日本では初紹介の作家であること。
作風、題材が新鮮で、読書での初体験が味わえる。

②厳選された良質の作品であること。
編集者や翻訳者など、とにかく誰かがほれこんだ作品であること。
なんだか売れているらしい、というような理由でラインナップされることはない。

③ブックデザインが優れていること。
軽くてしなやかな本に……ということをコンセプトに、
本の紙質、手触り、製本にこだわり、カバーデザインも個性的。
それでいて、一見して“新潮クレスト・ブックス”と判る。

これまでに『朗読者』『停電の夜に』などのベストセラーをうみだしているシリーズなので、
読書家の人でなくても、書店で見かけたことのある人は多いことと思う。


この“新潮クレスト・ブックス”の一冊として、
2010年3月に『夜と灯りと』という短編集が刊行された。


作者は、旧東ドイツ生まれのクレメンス・マイヤー。
元ボクサーの囚人、
夜勤のフォークリフト運転士、
ドラッグに溺れる天才画家、
小学生に恋する教師、
老犬と暮らす失業者、
言葉の通じない外国人娼婦に入れ込むサラリーマンなど、
東西統一後のドイツで、時代の波に乗ることができなかった人々を描き出した、
ライプツィヒ・ブック・フェア文学賞受賞作。
あまり好きな言葉ではないが、「負け組」の人々を描いているので、
“幸福な物語”の集合体とは言えないが、
作者のクレメンス・マイヤー自身が旧東ドイツ生まれで、
建設作業、家具運送、警備などの仕事を経て作家のなったという経緯もあり、
外から冷徹に描いたというのではなく、
内側に身を置いて物語を紡ぎ出しているような温もりがあり、
どの作品にも希望がほの見える短編集となっていた。
地味な短編集だったので、今は絶版になっているようであるが、
新鮮な読書体験として、私の心の片隅に残っていた。
このクレメンス・マイヤーの短編集『夜と灯りと』の中の一編『通路にて』を原作とした映画が公開された。
それが本日紹介する『希望の灯り』である。
日本では今年(2019年)4月5日に公開された作品であるが、
佐賀ではシアターシエマで、5月31日から一週間限定で公開された。
で、先日、ようやく見ることができたのだった。



腕や首の後ろにタトゥーを入れた無口な青年クリスティアン(フランツ・ロゴフスキ)は、
ある騒動の後に、建設現場での仕事をクビになり、
巨大スーパーマーケットの在庫管理係として働き始める。


旧東ドイツ、ライプツィヒ近郊。
店の周囲には畑地が一面に広がり、遠くにアウトバーンを走る車が見える。


飲料担当のブルーノ(ペーター・クルト)は、


クリスティアンに仕事のいろはやフォークリフトの操縦の仕方を教え、


クリスティアンにとって父親のような存在になる。


通路で出逢った菓子担当の年上の同僚のマリオン(ザンドラ・ヒュラー)に、




クリスティアンは一瞬で惹かれ、恋心を抱く。


そして、コーヒーマシーンのある休憩所が二人のおきまりの場所となり、


次第に親密になっていく……


少し風変わりだが素朴で心優しい従業員たち。


それぞれ心の痛みを抱えているからこそ、
互いに立ち入りすぎない節度を保っていたが、
ある日、クリスティアンに悲しい知らせが届く……



監督は、原作者クレメンス・マイヤーと同じ旧東ドイツ出身のトーマス・ステューバー。


1981年、旧東ドイツのライプツィヒ生まれ。
2012年、中編『犬と馬のこと』原作:クレメンス・マイヤー
2015年、長編『ヘビー級の心』脚本:クレメンス・マイヤー
2017年、長編『希望の灯り』原作・脚本:クレメンス・マイヤー

本作『希望の灯り』が監督3作目なのだが、
すべての作品にクレメンス・マイヤーが関わっており、
本作の脚本も原作者のクレメンス・マイヤーが担当している。
トーマス・ステューバー監督と作家クレメンス・マイヤーは、
良きパートナーであり、同志なのである。

僕とクレメンス(・マイヤー)は、好きな物語の傾向がすごく似ているんだよ。今回の『希望の灯り』もそうだけど、社会の周縁にいる名もなき労働者階級の人々の物語や、彼らが感じている孤独やメランコリー……そういうものに僕は光を当てたいと思っているし、そこには語るべきものがたくさんあると思っているんだ。そこが彼と僕の共通点だし、ウマが合うところなんだと思う。(『キネマ旬報』2019年4月下旬号)

トーマス・ステューバー監督はこう語っていたが、
30頁にも満たない短編を、2時間(正確には125分)の映画にするに際して、
原作者が脚本を担当し、いつも近くにいて何でも話し合えるということは、
心強かったことと思われる。

私自身は、原作を読んでいたものの、
どのような映画になっているのか興味津々……といったところであったのだが、
予想以上(まさに傑作!)の作品になっていて、驚かされた。

特に優れていたのは、映像と音楽。
閉店後の客のいなくなった巨大スーパーの通路を、
清掃車とフォークリフトが流れるように走行していき、


そこにクラシック音楽が重なり、
「美しき青きドナウ」でワルツを踊り、
「G線上のアリア」で静かにたゆたう。
巨大スーパーの変哲もない空間が、
優雅な舞踏会の会場となり、
『2001年宇宙の旅』のような神秘的な宇宙空間となるのだ。


今回の映画では、いわゆる“劇伴”を作ることをしなかった。というのも、「このシーンでは、こういうふうに感じてください」というように、観客の心情操作をしたくなかったから。その代わり、音楽を使う場合は、なるべき既存の曲を使って、しかも長い尺で使うことを意識した。そうすることによって、楽曲そのものが喚起するものと、映像が喚起するものがうまく入り混じって、独特な効果を生み出すんじゃないかと思ったんだ。(『キネマ旬報』2019年4月下旬号)

クラシック音楽にとどまらず、
カナダのゴシックフォーク・グループTimber Timbreの
「Trouble comes knocking」をゲーセンで流し、
「Moment」をエンディング曲に選ぶなど、
音楽センスは抜群だ。


主要キャストは、
クリスティアンを演じたフランツ・ロゴフスキ、


飲料担当のブルーノを演じたペーター・クルト、


菓子担当のマリオンを演じたザンドラ・ヒュラーの3人なのだが、
やはり私は、クリスティアンが恋心を抱いたように、
謎めいた37歳の女性を演じたザンドラ・ヒュラーに惹かれた。


【ザンドラ・ヒュラー】
1978年4月30日ドイツのテューリンゲン生まれ。
エルスンスト・ブッシュ演劇芸術アカデミーで演劇を専攻し、
その卓越した演技により、
2003年、演劇雑誌「ホイテ」の栄えある最優秀若手女優賞を受賞。
2005年、『レクイエム~ミカエラの肖像』(日本未公開)で映画デビュー。
精神の不安定な女性ミカエラを演じ、
第56回ベルリン国際映画祭において銀熊賞(女優賞)、
ドイツアカデミー賞主演女優賞他多数の女優賞を受賞。
2011年『Above Us Only Sky』(日本未公開)でも主役を務め、
翌年のドイツ映画批評家協会賞にて主演女優賞を獲得。
ドイツを代表する数少ない女優のひとり。
『ありがとう、トニ・エルドマン』(2016年)では、
ドイツアカデミー賞、ヨーロッパ映画賞、トロント映画批評家協会賞などで主演女優賞を受賞。


一見、恐そうだし、
最初は単なるおばさん(失礼!)にしか見えないのだが、
ずっと見ているうちに、実に魅力的に思えてきたのだ。
ちょっとツンデレ的なところがあり、
ワケあり人妻という謎めいたところにも魅かれた。


クリスティアンが小さなケーキに蝋燭を灯し、


マリオンの誕生日を祝うシーンが秀逸。


過去の様々な出来事、喪失の悲しみを静かに受けとめ、
いま目の前にある小さな幸せに喜びを見出す。
日々の生活にそっと灯りをともす。


そんな彼らの生きる姿勢が、
見る者に深い共感と感動を呼びおこす。




ハリウッド映画の対極にあるような地味で目立たない小品だが、
いつもまでも心に残る傑作である。
まだ上映中の映画館も多いし、
地方では「これから公開」という映画館もある。(コチラを参照)
ぜひぜひ。

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