この映画を見たいと思った第一の要因は、
妻夫木聡と満島ひかりが出演していたからだ。
私は、この二人の演技が好きだし、
俳優としても信用している。
妻夫木聡と満島ひかりが出演していたということは、
二人が選んだ作品であるということであり、
“見る価値のある作品”と判断した。
だが、
本作の監督である石川慶のことは知らなかった。

【石川慶】
1977年、愛知県出身。
東北大学物理学科卒業後、
アンジェイ・ワイダ、ロマン・ポランスキーらを輩出したポーランド国立映画大学で演出を学ぶ。
これまで短編作品を中心に活動しており、
黒澤明記念ショートフィルムコンペティション佳作、
札幌国際短編映画祭最優秀脚本賞スペシャルメンション、
伊参スタジオ映画祭シナリオ大賞審査員奨励賞などを受賞。
日本とポーランドの合作長編企画『BABY』は、
プチョン国際映画祭企画マーケットでグランプリにあたるプチョン賞を受賞している。
映画、テレビドキュメンタリー、CMの他、舞台演出も手がける。
2007年には東京国立美術館フィルムセンターにてポーランド短篇映画選を企画、運営。
インドネシア日本共同制作ダンス作品『To Belong』や、
イランの名匠アミール・ナデリ監督作『CUT』などにも参加。
平成19年度文化庁新進芸術家海外研修制度、映画監督部門研修生。
妻夫木聡、満島ひかり主演『愚行録』(2017年公開)で、長編監督デビューを果たす。
『愚行録』が長編映画の監督デビュー作らしい。
心配は、この点のみだが、
「アンジェイ・ワイダ、ロマン・ポランスキーらを輩出したポーランド国立映画大学で演出を学ぶ」
という経歴に魅力を感じた。
原作は、
第135回直木賞(2006年)の候補になった貫井徳郎の小説『愚行録』。

先月(1月)図書館に予約していたら、
映画『愚行録』(2月18日公開)の公開数日前に借りることができた。

で、急いで読み始め、
260頁の本の210頁までを読んで止めた。
ミステリー映画なので、
結末を知ってしまったら、映画が面白くないからだ。
結末のちょっと手前で読むのを止め、
物語の骨格をしっかり掴み、
原作をどう料理したのかを、見たいと思った。
こうして、ワクワクしながら映画館へ向かったのだった。

エリートサラリーマンの夫、田向浩樹(小出恵介)、

美人で完璧な妻、友季恵(松本若菜)、

そして可愛い一人娘の田向一家。
絵に描いたように幸せな家族を襲った一家惨殺事件は迷宮入りしたまま一年が過ぎた。

週刊誌の記者である田中(妻夫木聡)は、
改めて事件の真相に迫ろうと取材を開始する。

殺害された夫・田向浩樹 の会社同僚の渡辺正人(眞島秀和)。

妻・(旧姓・夏原)友希恵の大学同期であった宮村淳子(臼田あさ美)。

その淳子の恋人であった尾形孝之(中村倫也)。

そして、大学時代の浩樹と付き合っていた稲村恵美(市川由衣)。

ところが、関係者たちの証言から浮かび上がってきたのは、
理想的と思われた夫婦の見た目からはかけ離れた実像、
そして、証言者たち自らの思いもよらない姿であった。
その一方で、田中も問題を抱えていた。
妹の光子(満島ひかり)が育児放棄の疑いで逮捕されていたのだ……

原作は、ルポライターからの、
被害者である田向夫妻と係わり合いのあった人々に対するインタビューと、
(そのルポライターの)兄に語りかける妹の独白が繰り返される形で進行する。
だから、小説の中身は、話し言葉だけである。
宮部みゆきの『理由』を思い出す人も多いことと思う。
話し言葉だけの小説であるので、
風景描写や、情景描写がなく、
客観的な視点での記述がないので、
原作を読んだ時に見えなかったものが、
映画によって、
目に見えるものとしてすべてが表現されていく心地良さみたいなものが感じられた。
原作者は、映画化が難しい作品と語っていたが、
脚本家の向井康介が実に上手く脚色しており、
撮影監督であるピオトル・ニエミイスキの落ち着いたカメラワークと、
石川慶監督の斬新な演出で、すこぶる印象深い作品に仕上がっている。

この映画は、
バスのシーンで始まり、バスのシーンで終わるのだが、
特に、冒頭の、バスのシーンが秀逸であった。
このシーン(このエピソードは原作にはない)を見ただけで、
「あるレベル以上の作品」であることが判り、
それ以降も、まったく退屈することなく、
最後まで緊張感を持って見ることができた。
映画では、妻夫木聡が演ずる田中という週刊誌の記者が主人公であるのだが、

原作では、この男に関しての記述はほとんどない。
この男は、常に、インタビューされる人物たちの対面にいるのだが、
最後まで、どのような人物なのかを知らされることはない。
だが、映画では、この男が主人公なので、
演じた妻夫木聡は物凄く難しかったのではないかと推測する。

そして、彼は、実に巧く演じていた……と思う。
妻夫木聡は、演じる上で意識した点として、
僕自身も、原作や脚本より役を膨らませたいという欲を捨てて、田中としてどう作品中に存在するかを大事にしました。あと、役を演じる時はわかりやすくひとつのキャラクターを作ってしまいがちなんですが、今回はあえて多面性というものを意識して、観ている方たちに"田中はこんな人物だ"という先入観を持たれないように心がけました。
映画全編を通じて、田中という人間の印象が強すぎず、弱すぎもしないようにしたかったので、監督ともそのバランスについてはとことんお話ししました。でもやっぱり、すごく難しかったですね。撮影中は迷いだらけの芝居をしていたので、いつも不安で。撮影後に何度か"あれで大丈夫でした?"と監督にメールしたりもしました(笑)。
と語っていたが、
どちらかというと無表情で、
それでいながら、不穏な空気感を漂わせ、
見ている途中も、見る者に「一体、何者なんだ?」と思わせ、
妻夫木聡がいるだけで、すべての場面がある種の緊張感を孕んでいた。

石川慶監督の演出力もあるだろうが、
妻夫木聡の演技力の高さが、改めて証明されたような作品だった。

田中光子を演じた満島ひかりも良かった。

この役は、彼女以外考えられないほどハマっていたし、
演技力も高く、妻夫木聡と同様、
彼女がいるだけで、すべての場面がある種の緊張感を孕んでいた。
ワクワク、ドキドキさせられ、
「この後、何が起きるんだろう?」と思わされた。
満島ひかりを撮るピオトル・ニエミイスキの映像美も相俟って、
彼女をより魅力的に感じた。

妻夫木聡と満島ひかり以外では、
田向(旧姓・夏原)友季恵を演じた松本若菜が良かった。

彼女を初めて見たのは、『ペコロスの母に会いに行く』(2013)だった。
特に印象に残ったのは、松本若菜。
みつえの入所している介護施設で働く介護士の役であるが、
介護という、やや重い題材の作品なかで、
爽やかで明るく、ホッとするような存在であった。
2006年(平成18年)、22歳で鳥取県から上京し、
新宿のルミネtheよしもと近くのうなぎ屋でアルバイトをしながら、演技の練習に通い、オーディションを受ける日々を送ったという経験をもつ彼女。
遅咲きながらも、これからの活躍が大いに期待される。
と、このブログにレビューを書いているが、
期待通りに、その後、
『駆込み女と駆出し男』(2015)
『GONIN サーガ』(2015)
『無伴奏』(2016)などで評価を上げ、
本作『愚行録』で重要な役を得、好演している。

美貌にも磨きがかかり、若い頃の小雪のような感じで、
とても美しかった。
これからの彼女にも期待したい。

この映画は、
『湯を沸かすほどの熱い愛』と同じく、
最後の最後にタイトルの“愚行録”が表示される。
その時、映画のすべてのシーンが思い出され、
人間の愚かな行為が、雪崩のように見る者に襲い掛かってくるような錯覚に陥る。
映画鑑賞後、私は、原作を最後まで読んだ。
小説は、田中光子の次のような言葉で、この物語を閉じていた。
人生って、どうしてこんなにうまくいかないんだろうね。人間は馬鹿だから、男も女もみんな馬鹿だから、愚かなことばっかりして生きていくものなのかな。あたしも愚かだったってこと? 精一杯生きてきたけど、それも全部愚かなことなのかな。ねえお兄ちゃん、どう思う? 答えてよ。ねえ、お兄ちゃん。
これは、吉田修一の小説『悪人』のラストの問いかけにも通じるものがあるように感じた。
世間でさかんに言われるように、出会い系サイトで会ったばかりの女を、本気で愛せる男なんておらんですよね? 愛しとったら、私の首を絞めるはずがないですもんね?
でも、あんな逃げ回っとるだけの毎日が……、あんな灯台の小屋で怯えとるだけの毎日が……、二人で凍えとっただけの毎日が、未だに懐かしかとですよ。ほんと馬鹿みたいに、未だに思い出すだけで苦しかとですよ。
きっと私だけが、一人で舞い上がっとったんです。
佳乃さんを殺した人ですもんね。私を殺そうとした人ですもんね。
世間で言われとる通りなんですよね? あの人は悪人やったんですよね? その悪人を、私が勝手に好きになってしもうただけなんです。ねぇ? そうなんですよね?
そういえば、映画『悪人』で、妻夫木聡と満島ひかりは初共演したのだった。
(その後『スマグラー おまえの未来を運べ』でも共演している)
妻夫木聡と満島ひかり。
また、この二人が共演している映画を見たいと思った。
今後も、この二人から目が離せない。


予告編は、ネタバレ気味なので、
30秒バージョンの特報を……