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登吾留山 ……ダンギクとナメラダイモンジソウに密かに(笑)逢いに行った……

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ヤスさんから、
「10月1日(水)は午後から仕事ですが、午前中にぜひ山に登りたいです」
とのメールが届いた。
さて、どこの山にしようか……
思案した結果、
ダンギクの咲く登吾留山に決めた。
(ダンギクはクマツヅラ科の多年草で、日本の九州西部、朝鮮西部から中国、台湾の暖温帯や亜熱帯に分布する)
ついでに、ナメラダイモンジソウも愛でてくることにしよう。
登吾留山まではそう時間もかからないし、
朝早く出発すれば、
正午までには余裕で戻って来られるだろう。

ヤスさんと某所で待ち合わせをし、
一路、登吾留山へ。
登山口に着き、準備をし、軽くストレッチ。
ゆっくりスタートする。

雰囲気の良い登山道を登って行く。


一汗かいた頃に、岩場に出る。


カラスノゴマや、


ホソバヤマジソや、


コシオガマが出迎えてくれる。


ヤマラッキョウも多いが、


開花にはもう少し時間がかかりそう。


ダンギクはどうだったかというと……咲いてました〜
それも、たくさん。


美しい〜


あっちにも、こっちにも……


二段、


三段、


四段……
下の段から開花してくるんだね。


花も美しいけれど、
蕾も得も言われぬ美しさ。


上から見ると、宝石のよう。


ひとつの蕾が開き始める。


やがて、次々と開花する。


そして、全開となる。


ダンギクは、花だけではなく、葉も美しい。
葉を上から見ても美しいが、


横から見ると、より一層美しい。


ねっ。


もちろん、花も……


極上の一輪を求めて彷徨う。




この花も美しいが、


あの花も美しい。


ひとり寂しく咲いている花に心惹かれるし、


岩場に立つ花にも魅せられる。


ヤスさんも、激写につぐ激写。


大満足のダンギク観賞登山であった。


さて、次は、ナメラダイモンジソウの群生地へ向かうことにしよう。
途中には、サクラタデの群生地が……


美しい。




美し過ぎる。


見上げると、白い花が見えた。


ナツツバキのようにも見えるが、
ナツツバキの花期は6月〜7月。
花に詳しい山友に問い合わせると、
「サザンカの原種ではないかしら?」
とのこと。


沢へ下りて行く。


ナメラダイモンジソウはというと……咲いてました〜


少し来るのが早かったかな〜と思ったが、
思いのほかたくさん咲いていた。


ヤスさんも大感激。


「本当に大の字ですね〜」
と妙に感心している。(笑)


ここでも激写につぐ激写。


今日も「一日の王」になれました〜


八幡岳 ……シロバナアキギリ(白花秋桐)とタヌキマメ(狸豆)に逢いたくて……

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今日は、朝早くから野暮用で外出していた。
帰宅したのは午後2時頃。
台風が接近中だし、
これから行けるのは近くの山だけ。
さて、どの山にしようか……

昨年のちょうど今頃、八幡岳で、
キバナアキギリ(黄花秋桐)ならぬシロバナアキギリ(白花秋桐)を見つけた。
今年も同じ場所に咲いているか確かめに行ってみよう。

まず向かったのは、「蕨野の棚田」が眺められる大平展望所。


稲穂が揺れる棚田を想像していたが、
もうすっかり刈り取られていた。
残念。


ハートもちょっと寂しそう。


いつもの場所で八幡岳を眺める。
山頂部にはガスがかかっていた。
台風の影響か、風も強くなってきた。


ツワブキの花が咲き始めていた。
今年の初見。


アケボノソウも咲き始め。


八幡岳のアケボノソウは、天山より少し遅めに咲く。


さて、シロバナアキギリは……
昨年見つけたあの場所に行ってみると、
キバナアキギリはたくさん咲いていた。




で、シロバナアキギリはというと……
咲いてました〜


昨年と同じ場所に、同じくらい咲いていた。


いいね〜


キバナアキギリがシロバナアキギリを見て、
大きな口を開けてビックリしてたっけ。(笑)


タヌキマメの群生地へも行ってみる。
前回来たのが9月7日だったから、約1ヶ月前。
まだ咲いてるかな〜と不安だったが、
まだたくさん咲いていた。




ツインのタヌキマメを見つけた。


横から見ると、こんな感じ。


背の高いタヌキマメも見つけた。


高さは50cmほどもあった。


大好きなタヌキマメに囲まれて、


それはそれは幸せな時間だった。


なぜだか、スミレもたくさん咲いていた。(笑)


センブリの咲く場所へも行ってみる。
八幡岳のセンブリは、
天山などでみるものよりも、繊細な感じ。


開花した頃に、もう一度見に来ようと思う。


風がより強くなってきた。


今日は、もう帰ろう。

彦岳(佐賀県・845.3m) ……天山のとなりの山で、深まりゆく秋を楽しむ……

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今日は山へ行く予定ではなかったのだが、
あまりに天気が良かったので、
昼間に時間を作って彦岳に登ってきた。

佐賀県の彦岳は、天山のとなりにある。
人気の天山に比べ、この山に登る人は少なく、いつもひっそりしている。
七曲峠にある登山口からだったら、
山頂まで1時間ほどで登ることができるので、
静かな山歩きをしたいときに、私は時々登っている。
反対側の白坂峠にも登山口があるが、
こちらから登る人は極稀である。
たまに七曲峠から山頂を経て白坂峠へ縦走する人もいるが、
山頂から白坂峠の間の道がやや不明瞭で、
道迷いする登山者が少なからずおられた。
よって、昨年(2013年)の3月に、
白坂峠から彦岳山頂を経て七曲峠へ出て、
林道彦岳線を使って戻ってくるというタク流・周回ルートで検証登山をしてみた。
白坂峠から彦岳に登ってみたいと思っておられる方は、
ぜひ参考にして頂きたい。(コチラからどうぞ)

七曲登山口に着くと、
平日にもかかわらず10台くらいの車が駐まっていた。
(写真手前とカーブの向う側にも車があった)
ほとんどは天山への登山者の車であろう。


ゆっくりと歩き出す。




あまり人が通らない道なので、
いつもは草が生い茂っており、
ヤブ漕ぎのようになるときもあるが、
今日は草刈りがされていて、とても歩きやすかった。


ヤマハッカやヌマダイコンなどが咲いていて、
とても楽しい。








木々のトンネルのようになった箇所を何度も通り抜ける。






所々に倒木もあるが、見た目ほどではなく、
支障なく歩いて行ける。


登山口から30分弱で、屏風岩に到着。
屏風岩には、帰りに立ち寄ることにしよう。


巻き道を通って屏風岩横を通過。


その先に、私の好きな場所がある。


この辺りの雰囲気がとても素敵なのだ。


とても美しい道。




そこを過ぎると、木々の間からピークが見えるが、
彦岳の山頂ではない。


またもや木々のトンネルを抜け、






ちょっとした岩場をクリアし、


騙し尾根の偽ピークを2〜3回越えると、




彦岳山頂が見えてくる。


本日は登山口から54分で到着。


三等三角点(845.3m)。


彦岳山頂にも、ちゃんとした標識が欲しいものだ。


復路、途中で屏風岩に寄った。
眺めはまずまずで、遠く雲仙まで見えた。


ねっ。


多良山系もはっきり見える。


佐賀平野は広大だ。


秋色を楽しみながら下っていたら、




あっけなく七曲峠に着いた。


今日、期待していた花は、トリカブト。
天山には咲くことは広く知られているが、
実は、おとなりの彦岳にも咲く。


彦岳のトリカブトは、
天山のトリカブトとは、ちょっと違って見える。
背が高くて、花の色が薄い。


ツル状の茎で、なよなよしているものもある。




天山と決定的に違うのは、
彦岳のトリカブトは樹林帯の中に咲くこと。


森や林の中で見るトリカブトは、実に新鮮。


いつまでも見ていたい感じ。




トリカブトと同じくらい嬉しかったのは、
ホクチアザミに逢えたこと。


美しい〜




夜、TVでニュースを観ていたら、
「皆既月食が今夜19時25分頃から日本全国で起きます」
と言っていた。
19時36分頃に外に出ると、皆既月食ははっきり見えた。
隣の家の軒下越しに、写真を撮った。


地球という宇宙船からの眺め。


いいね〜


※明後日10月10日(金)もブログ更新予定。(できるかな?

映画『蜩ノ記』 ……ストイズムに彩られた静かで美しい正統派時代劇の傑作……

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映画『柘榴坂の仇討』のレビューでも書いたが、
秋になって、大人のための映画が目立って増えてきた。
10月4日(土)に公開された映画『蜩ノ記』もそのひとつ。
少し前に公開された、
『るろうに剣心 京都大火編』(8月1日公開)と、
その続編である『るろうに剣心 伝説の最期編』(9月13日公開)が、
アクション時代劇としての「動」の代表だとすれば、
『柘榴坂の仇討』と『蜩ノ記』はまさに「静」の代表と言えるだろう。
『柘榴坂の仇討』も素晴らしい作品であったが、
今回紹介する『蜩ノ記』もまた『柘榴坂の仇討』に負けず劣らぬ傑作であった。

映画『蜩ノ記』を見たいと思った第一の要因は、
監督が小泉堯史だったこと。
黒澤明監督の愛弟子で、
監督作品は少ないけれど、
『阿弥陀堂だより』(2002年)や『博士の愛した数式』(2006年)など、
派手さはないけれど、
人物の感情の機微を、格調高く繊細に美しく描くのに秀でている。
黒澤明が記者会見で語ったことのある
「僕は美しいものが撮りたいんです! 映画でしかできない美しいものを」
という監督哲学を体現している数少ない監督のひとりなのだ。

映画『蜩ノ記』を見たいと思った第二の要因は、
役所広司や原田美枝子や寺島しのぶなどが出演者として名を連ねていたこと。
やはり好きな俳優が出演している映画は魅力的だ。

第三の要因は、音楽を担当しているのが、加古隆だったから。
「黄昏のワルツ」などの名曲で知られる作曲家だが、


『阿弥陀堂だより』や『博士の愛した数式』、
それに、以前このブログでもレビューを書いたことのある
『最後の忠臣蔵』(2010年)も彼が音楽担当であった。
映像の背後に流れる美しく透明な音の響きは、いつまでも心に残る。

第四の要因は、脚本に古田求が参加していたこと(小泉堯史監督との共同脚本)。
古田求は佐賀県出身。
佐賀大学文化教育学部附属中学校を卒業しており、
同じく佐賀県出身の脚本家・井手雅人に師事。
助監督を経て、1978年『ダイナマイトどんどん』で脚本家デビュー。
1982年『疑惑』で毎日映画コンクール脚本賞を、
1994年『忠臣蔵外伝 四谷怪談』で日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞。
TVドラマでも、
2002年『壬生義士伝〜新撰組でいちばん強かった男〜』でギャラクシー賞選奨などを受賞。
佐賀県出身ということで贔屓にしている部分もあるが、
時代劇の脚本は特に優れている。

その他にも見たい要因はいくつもあるのだが、
長くなるのでこのくらいにしておく。(笑)
このように、見る映画を選定するときには、
見たい要因がたくさんあるものを選ぶ。
だから、映画館に足を運んで、後悔することはほとんどない。
ブログの映画レビューや、
「Yahoo!映画」のユーザーレビューなどで、
鑑賞した映画に最低点をつけた上で、
「こんな映画見なければよかった」
と書いている人がよくいるが、
こんな人は自らの愚かさを表明しているようなものなのだ。

映画『蜩ノ記』の原作は、
福岡県北九州市出身の作家・葉室麟の直木賞受賞作。
所々に原作と違う部分があるものの、
小泉堯史監督と脚本家・古田求は、
原作を大事にしてシナリオ作りをしている。
『キネマ旬報』(SPECIAL秋の増刊号2014 No.1673)に、
前野裕一氏の「蜩ノ記 小泉組ノ記」という撮影ルポがあり、
その中に次のような記述がある。

早速、小泉監督は脚本づくりに取り掛かる。まずは小泉監督が検討稿を書き、それを土台にして、小泉監督と古田求さんが別々に書き、古田さんの稿を参考にして小泉監督が決定稿を書き上げるという形で進められた。
「原作の根っこを大切に。大事なことはすべて原作に入っている。それを映画的に刈り込み、大胆に育てられれば」というのが脚色の基本姿勢だった。

しようと思えば、殺陣の場面を多くしたりして、
派手に暴れ回るようなスカッとするシーンを付け加えることも可能なのだが、
作品のテーマでもある「自分を律する」を基本に、
静かで美しい物語として脚色されていた。


郡奉行であった戸田秋谷(役所広司)は、
側室と不義密通し、小姓を斬り捨てるという事件を起こした罪で、
10年後の夏に切腹すること、そして、
その日までに藩の歴史である「家譜」を編纂し、完成させることを命じられる。
切腹の日まであと3年と迫ったときに、
秋谷の編纂の手伝いをしながら彼を見張る役として、
檀野庄三郎(岡田准一)が派遣される。
幽閉先の向山村で、
秋谷の妻・織江(原田美枝子)、
娘・薫(堀北真希)、
息子・郁太郎(吉田晴登)らと寝食を共にし、
家譜の編纂を手伝いながら秋谷の誠実な人柄を目の当たりにするうちに、
庄三郎は秋谷に敬愛の念を抱き、
次第に秋谷の無実を確信するようになる。
そして、秋谷が起こしたという事件の真相を探り始める。
そこには藩政を揺るがす大きな陰謀が存在していたのだった……


静かな作品というのは、
そこのある種の緊張感がなければ、
見る者を退屈させてしまう危険性を孕んでいるが、
映画『蜩ノ記』は、上映時間2時間9分が短く感じるほど、
私を惹きつけてやまなかった。
脚本がよく練られていたこと、
出演者が素晴らしい演技をしていたことが、
そうさせたのだろうと思う。


まずは、戸田秋谷を演じた役所広司。
映画への出演が多い役所広司だが、ここ数年では
『最後の忠臣蔵』(2010年)
『一命』(2011年)
『わが母の記』(2012年)
『終の信託』(2012年)
『渇き。』(2014年)
などが印象に残っているが、(タイトルをクリックするとレビューが読めます)
瀬尾孫左衛門を演じた『最後の忠臣蔵』は、
『蜩ノ記』の戸田秋谷に通じる部分があったが、
今年(2014年)7月に見た『渇き。』で演じた元刑事の役が、
今回の役とは真逆の強烈なキャラだったので、
役所広司にとっての「動」と「静」の演技を連続で見せてもらった感じがした。
どんな役をやっても上手く演じる彼だが、
今回の戸田秋谷役は、特に良かったように思う。
「ある種の覚悟ができている人物」を自然に演じていた。
今年は、主演した『渇き。』と『蜩ノ記』の演技が素晴らしく、
各映画賞における主演男優賞の候補者として彼の名が挙がることだろう。


檀野庄三郎を演じた岡田准一。
現在、NHKの大河ドラマ『軍師官兵衛』で主演しているが、
撮影は『蜩ノ記』が先だったとか。
劇中に居合いのシーンなどがあるために、
武術の経験のある彼が檀野庄三郎の役に呼ばれたのだと思うが、
武士としての所作、姿勢が美しかった。
「『軍師官兵衛』に入る前にこの作品を経験したことは、とても大きかったと思っています。当時は反省反省の日々でしたが、『官兵衛』をやりながら、やっと小泉監督が現場でおっしゃっていたことがわかるようになってきましたし、僕の役者人生の中で、『蜩ノ記』の前と後では、明らかに大きな違いがあるように、今、思っています」(前出『キネマ旬報』)
と語っているように、撮影中は、なにかと大変だったようだ。
岡田の撮影がすべて終了したとき、
彼は劇中のセリフで、こう挨拶したという。
「この上なき修行となりました」


秋谷の妻・織江を演じた原田美枝子。
ここ数年では、
『ヘルタースケルター』(2012年)
『あなたへ』(2012年)
『ふがいない僕は空を見た』(2012年)『奇跡のリンゴ』(2013)
『ぼくたちの家族』(2014年)
などの秀作に出演しているが、(タイトルをクリックするとレビューが読めます)
その中でもやはり、今年(2014年)6月に見た『ぼくたちの家族』が、
強く印象に残っている。

ある日突然、脳腫瘍と診断される母・玲子の役であったが、
脳腫瘍の兆候が出て、記憶障害を起こしている冒頭のシーンから、
脳腫瘍を宣告されて絶叫するシーン、
入院中の家族との可笑しな会話など、
難しい役どころであったにもかかわらず、
実に上手く演技していた。
ここ数年、
『ヘルタースケルター』(2012年)
『あなたへ』(2012年)
『奇跡のリンゴ』(2013年)
などでの好演が記憶に残っているが、
本作での演技が特に素晴らしかったと思う。

と私はレビューに書いているが、
『蜩ノ記』での秋谷の妻・織江役も、
同じくらいに、いやそれ以上に素晴らしかった。
特に、映画の最後の方で、
夫・秋谷と二人きりで会話するシーンがあるのだが、
これが日本映画史に残るであろう名シーンで、
この名場面が撮れたのは、役所広司と共に、
原田美枝子がいたればこそ……だったと思う。
このシーンを見るだけでも、
この映画を見る価値はある……と断言しておこう。


秋谷の娘・薫を演じた堀北真希。
堀北真希といえば、
『ALWAYS 三丁目の夕日』(2005年)
『ALWAYS 続・三丁目の夕日』(2007年)
『ALWAYS 三丁目の夕日'64』(2012年)
での星野六子を思い出すが、
小泉監督もまた、このシリーズを見て、
薫役に彼女をぜひ……と思ったとのこと。
このシリーズで彼女は、古き良き日本人を好演している。
秋谷の娘・薫もまた、美しく純粋で、それでいて心の強さも感じさせる女性で、
凛とした佇まいで、奥ゆかしく、たおやかに演じたことで、
女優としての品格をさらに高めたように思った。


この他、
秋谷が切腹を命じられた事件の真相を握る側室で、
事件後に出家した松吟尼(お由の方)を演じた寺島しのぶ。
羽根藩家老・中根兵右衛門を演じた串田和美、
羽根藩6代藩主を演じた三船史郎、
慶仙和尚を演じた伊川比佐志などが、
円熟した演技で作品にスケールの大きさと格調を添えていた。

原作は九州が舞台であるが、
ロケは東北で行われたとか。
温暖化の影響か、近年、平地では積雪が少ない九州ではなく、
四季の変化がはっきりしている東北をロケ地に選んだのは当然かもしれないが、
九州在住者としては、ちょっと残念なところ。
東北で撮影したことにもよるが、
藤沢周平が原作の諸作品、
『たそがれ清兵衛』(2002年 監督:山田洋次 主演:真田広之、宮沢りえ)
『隠し剣 鬼の爪』(2004年 監督:山田洋次 主演:永瀬正敏、松たか子)
『蝉しぐれ』(2005年 監督:黒土三男 主演:市川染五郎、木村佳乃)
『武士の一分』(2006年 監督:山田洋次 主演:木村拓哉、檀れい)
『山桜』(2008年 監督:篠原哲雄 主演:田中麗奈、東山紀之)
『花のあと』(2010年 監督:中西健二 主演:北川景子)
『必死剣鳥刺し』(2010年 監督:平山秀幸 主演:豊川悦司)
などと共通する部分も感じられ、
また、ひとつの物語の中に、
「夫婦愛」「家族愛」「友情」「初恋」「師弟愛」など、
様々な愛の形を描いているところも凄く似ており、
時代劇ファンには嬉しい作品となっている。


語りたいことは多いが、
キリがないので、もうこの辺でやめておこう。

日本映画界に久しくなかった、
静かで美しい「映画らしい映画」。
正統派時代劇の傑作。
映画館で、ぜひ……

映画『ザ・テノール 真実の物語』 ……国境を超えた友情、そして奇跡の歌声……

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百年に一人の逸材と称されたアジア屈指の韓国人オペラ歌手が、
甲状腺がんに倒れ、突然声を失いながらも、
音楽プロデューサーである日本人の親友の献身的な助けを受けながら、
奇跡的に美声を取り戻す……
そんなTVドキュメンタリーを5~6年前に観た。
それは、
2008年2月8日に放送された、
NHKプレミアム10「あの歌声を再び~テノール歌手ベー・チェチョルの挑戦~」
という番組だったかと思うが、
もしかすると、
2009年10月28日にフジテレビで放送された、
「奇跡体験アンビリバボー!」という番組だったかもしれない。
年の所為か記憶があやふやだが、(笑)
とにかく、どちらかの番組で、
ベー・チェチョルというテノール歌手を知った。
天才歌手が声を失い絶望の淵へ落とされながらも、
周囲の人々の応援を得て、必死に這い上がる姿に、
とても感動したのを憶えている。

10月11日(土)公開の映画『ザ・テノール 真実の物語』が、
そのベー・チェチョルというテノール歌手の奇跡の復活の物語とのことなので、
見たいと思っていた。
そして、公開されてすぐ、映画館へ駆けつけた。

まず、はじめに、
主人公のモデルとなったベー・チェチョルとはどういう人物なのか、
簡単に紹介しておこう。

1969年韓国生まれ。
漢陽大学を卒業後、イタリアのヴェルディ音楽院を主席で卒業。
1998年、ハンガリー国立歌劇場にてデビュー後、
ヨーロッパの名門オペラハウスでソリストとして活躍。
世界的にも貴重な「リリコ・スピント」の声質を持ち、
本場各地でも大きな成功を収める。
日本では、
2003年9月オーチャードホール公演「イル・トロヴァトーレ」でデビューを飾った。
2005年、甲状腺癌に倒れ、
その摘出手術の際、声帯と横隔膜の両神経を切断。
歌声に加え、右側の肺の機能を失う。
しかし、多くのファンの支援のもと、
2006年、京都大学名誉教授・一色信彦医師による甲状軟骨形成手術を受ける。
厳しいリハビリの日々を経て、2008年より教会などでの演奏を再開。
奇跡とも言える復帰を遂げる。

映画『ザ・テノール 真実の物語』は、
このベー・チェチョルと、
彼の親友である日本人の音楽プロデューサーの物語である。

ベー・チェチョルを演じるのは、ユ・ジテ。


1976年4月13日、韓国のソウル生まれ。
主な映画出演作に、
『リベラメ』(2000年)、
『春の日は過ぎゆく』(2001)、
『オールド・ボーイ』(2003)、
『南極日記』(2005)、
『ミッドナイトFM』(2010)などがあり、
日本映画『人類資金』(2013)にも出演している実力派。
数々の映画賞を受賞しており、監督としても注目を集めている。

映画『ザ・テノール 真実の物語』でベー・チェチョルを演じるにあたって、
まず自ら提案し、先生の元でレッスンを受け、トレーニングを積み、
音楽家の発声法を一から学んだとか。
もちろん歌声はベー・チェチョルなのだが、
ベー・チェチョルの音源を繰り返し聞きながら、
発声や発音そして息遣いまでも自分の体にたたきこんだそうだ。
その努力もあって、歌唱シーンはとても素晴らしかった。


だが、その歌唱シーン以上に素晴らしかったのは、
声を失ってからの演技。


どん底の時期を経て、以前よりも輝きを増していく演技は秀逸。
ぜひ映画館で見てほしいと思う。


音楽プロデューサー・沢田幸司を演じた伊勢谷友介。


1976年5月29日、東京生まれ。
東京藝術大学でデザインを学ぶかたわらモデルとして活動。
1998年に『ワンダフルライフ』で映画デビュー。
主な出演作は
『金髪の草原』(2000年)、
『CASSHERN』(2004年)、
『雪に願うこと』(2006年)、
『十三人の刺客』(2010年)、
『あしたのジョー』(2011年)
『カイジ2』(2011年)、
『るろうに剣心 京都大火編/伝説の最期編』(2014年)など。
3ヶ月に及ぶトレーニングで減量して役作りに挑んだ、
『あしたのジョー』(←クリック)の力石徹役は素晴らしく、
このブログでも絶賛したが、
この演技により、第35回日本アカデミー賞・優秀助演男優賞を受賞。
映画監督も務め、これまで、
『カクト』(2003年)、
『セイジ —陸の魚—』(2013年)を手掛ける。
2015年のNHK大河ドラマ「花燃ゆ」に吉田松陰役での出演も決定している。
ユ・ジテとは同い年で、
監督経験があることも共通しており、
とても仲が良いそうだ。
伊勢谷が演じた音楽プロデューサー・沢田幸司は、
輪島東太郎という実在の人物で、
彼と撮影現場でも何度も会って、彼のもつ「熱さ」を演技に込めたとか。
クールな彼を見ることが多いので、この映画での彼は新鮮であった。


沢田のアシスタントの美咲を演じた北乃きい。


1991年3月15日、神奈川県の生まれ。
モデルとしてキャリアをスタートさせ、
2005年に史上最年少でミスマガジン・グランプリを受賞。
初めて主役を務めた『幸福な食卓』(2007年)で映画デビュー。
同作にて日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞する。
主な出演作は
『ラブファイト』(2008年)、
『ハルフウェイ』(2009年)、
『武士道シックスティーン』(2010年)、
『爆心 長崎の空』『上京ものがたり』『ヨコハマ物語』(2013年)、
『僕は友達が少ない』(2014年)など。
2010年には「サクラサク」で歌手デビューを飾り、
女優業と並行して音楽活動も行なっている。
映画『ザ・テノール 真実の物語』の中でも、
ギターの弾き語りで歌うシーンがあるのだが、
これがビックリするくらい良かった。


ややもすれば暗く深刻になりがちな題材の映画の中で、
唯一、光のような存在の役であったのだが、
この歌唱シーンが、それを象徴していたように思った。


チェチョルの妻・ユニを演じたチャ・イェリョン。
1985年7月16日、韓国・ソウルに生まれる。
モデルとしてキャリアをスタートさせ、『女高怪談』(2005年)で映画デビュー。
以降、『殴打誘発者たち』(2006年)、『ムイ』(2007年)などサスペンス要素の強い作品に出演し、
その美貌から「ホラークィーン」と呼ばれるようになる。
2007年以降はTVドラマにも進出。
『BAD LOVE~愛に溺れて~』(2007)では一人二役を演じるなど演技の幅を広げた。
主な出演作は、『特別市の人々』(2008年)、『第七鉱区』(2011年)、『マイ・ブラック・ミニドレス』(2011年)、『プランマン』(2013年)、『女優はひどい』(2014年)など。
出演作に日本未公開の作品が多いので、
私はこの女優のことは知らなかったのだが、
演技がとても上手くて、素晴らしかった。
写真で見ると、キツイ顔つきに見えるが、
映像では優しい表情が印象的だった。
彼女の他の作品も見てみたいと思った。


この作品は、登場人物の心情を、
その時々のオペラの歌詞で表現していた。
声を失った主人公の悲嘆、慟哭を、オペラ「オテロ」で、
復活した奇跡の歌声を「アメイジング・グレイス」で……というように。
オペラと物語が融合し、
オペラを縁遠く感じている人にも、
親しみやすい作品となっているのだ。
しかも、
日本ではあまり知られていない、
競争・嫉妬・過酷な嫌がらせが渦巻くオペラ界の裏側も描いているので、
興味津々で最後まで見ることができた。


現在、冷えに冷え切っている日韓関係だが、
音楽を含めた芸術、文化、友情、愛は、
利害も国境も軽々と越えてしまう。
そして、なによりも、この映画は、真実の物語なのだ。
映画館で、ぜひぜひ……

天山 ……終盤を迎えている天山の秋の花々、最後の主役はリンドウだ……

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ブログ「一日の王」へのトータル訪問者数が、
100万人を突破したことを、
先日、このブログで報告したが、
その際、多くの方々から、お祝いのメールやメッセージを頂いた。
お祝いメールには返信できたが、
お祝いメッセージの方は、
メールアドレスが書いてあった人にしかお礼が言えなかった。
この場を借りて、
メッセージを送って下さったすべての方に、
お礼を申し上げます。
ありがとうございました。

初めてメッセージを送って下さった方も多く、
こんなに愛読して下さっているのだ……と、
嬉しく思った次第。
その中から、一通、
佐賀県在住の、ある女性から。

いつもフォトがきれいですね。
タクさんと出会う花や木々達は幸せもんですね。
タクさんの目を通して何千人という人達に最高の姿で見てもらえるから。
特に花はすごいですね。
それぞれ「何で~」と思うほどにきれいです。
タクさんの「かわいい~」とか、「美しい~」のコメントに、
私も「ほんとうですネ~」とか、「そうですネ~」と、つい一人つぶやきます。
樹林帯の中、お気に入りの風景、山の中での独り占めの空間、
タクさんの目を通じて私もそこに居るような錯覚を起こし、
幸せを少し分けてもらっています。
有り難うございます。
これからもよろしくです。

埼玉県在住のすーさんという男性は、
私のブログを読んで、
来年、海抜0メートルから富士山へ登ることを決意されたそうだ。
(すーさんのブログはコチラから)

登山にはいろいろなスタイルがあります。
海抜0mからの登山は新たな発見です。
それは頂までの標高差を登りつめるということだけではなく、
その山の恩恵に潤う農村や漁村を訪ね歩き、又、市街地を通過したり、
そこで暮らす地元の方々の様子を見聞することで、
更にその山の魅力を味わうことにつながるのではないかと思います。
富士山以外でも「特別な山」はたくさんあるので、
これからプランを練るだけでもワクワクしてきちゃいます。

こう文章を締めくくられているが、
この方は、すぐに実行に移し、
「海抜0メートルから登る鳥海山」を、もうすでに達成されている。
コチラからご覧ください)

このように、ブログ「一日の王」を読んで、
幸福感を味わって下さったり、
麓から、
あるいは海抜0メートルからの登山にチャレンジされる方がおられたり、
このブログが、
みなさんの「至福の時間」を作り出すお手伝いをさせて頂いているようで、
とても嬉しく思っている。
これからも、ご愛読、よろしくお願いいたします。

今日は、午後から孫たちが来ることになっているので、
午前中だけの山歩き。
ならば、天山。
10月の中旬になると、
秋の花々は終盤を迎える。
秋の花々に、別れを言いに行くことにしよう。

いつのもように、上宮登山口から登り始める。
上宮駐車場には、一台の車もなかった。


上宮の池の横を通ったら、
鯉がワッと寄ってきた。


登山道に倒木が……
台風19号の爪痕か?


そこから10mほど先には、
こんな倒木も……


横から見ると……ビックリ。


登山道の両側は、草刈りがなされていて、
アキチョウジやシギンカラマツなどは姿を消していた。


素晴らしい青空。


あめ山の方へ向かう。


山頂直下に、このような岩がある。


ここが、私のお気に入りの場所。
ここで、時々昼寝をする。


この岩からは、こんな景色が楽しめる。




ついでに、あめ山山頂へ。


八幡岳方面の風景。


作礼山方面の風景。
いいね~


あめ山分岐へ下り、
天山へとりつく。


天山山頂には誰もいなかった。


稜線散歩へ。


しばらく歩き、振り返る。


ウメバチソウの花のほとんどは、すでに終わっていた。




しかし、一輪だけ、私を待っていてくれた。


タンナトリカブトも、その多くはこんな風になっているが……


探すと、まだかなり残っていた。


終焉を迎えていたマツムシソウの多くは、
追い打ちをかけた台風によって、
ほとんどの花びらが吹き飛ばされていた。




ツルリンドウも、果実となっていた。


ホソバノヤマハハコは、まだ美しさを保っていた。




ムラサキセンブリは、まだ元気だった。




あちこちで見ることができた。




テントウムシとムラサキセンブリ。
いいね~


アキノキリンソウもまだたくさん咲いていた。


ヒメアザミもまだ見ることができた。


そして、天山の今の主役はというと……リンドウ。


たくさん見ることができる。


花束のようなリンドウも……


このリンドウの花束を、あなたに……
そう、あなたに……です。


蕾も多いので、しばらくは楽しめそう。


「天山の草花を護りましょう!」


ミヤコザサ越しに見る佐賀平野。


ミヤコザサ越しに見る脊振山地。
いいね~


本日の天山南壁。


イイでしょう~


「天山南壁はどこ?」という問い合わせが殺到しているので、
場所をお教えします。
一番奥に見えるのが、天山北壁。
天山北壁の下の方(山頂方面)にあります。


天山山頂に戻っても、誰もいなかった。
時間があまりないけど、秘密の散歩道へ……


オタカラコウはまだたくさん咲いていた。


レイジンソウは数が少なくなっていた。


樹林帯のレイジンソウは、色が薄かった。


ジンジソウは、たくさん。


天山にもジンジソウの群生地があります。




アケボノソウは終盤を迎えていた。


4弁のアケボノソウを発見。


手裏剣みたい。


嬉しかったのは、ナギナタコウジュ。


たくさん咲いていた。




よく見ると、本当に美しい!


天山の木々も、少しずつ紅葉し始めていた。


今日も「一日の王」になれました~

映画『舞妓はレディ』 ……上白石萌音や草刈民代が歌い踊る周防正行監督作品……

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周防正行監督は好きな監督の一人なので、
最新作『舞妓はレディ』も公開(9月13日公開)されてすぐに見に行ったのだが、
最近はなにかと忙しくてレビューを書く機会を逸し、
「書かなければ、書かなければ」と思っているうちに、
とうとう今日になってしまった。
少し遅すぎるとは思うが、
とにかくなにか書いておこうと思い、
こうして取り掛かっている。

周防正行監督作品は少なく、
『変態家族 兄貴の嫁さん』(1984年)
『マルサの女をマルサする』(1987年)
『マルサの女IIをマルサする』(1988年)
『ファンシイダンス』(1989年)
『シコふんじゃった。』(1991年)
『Shall we ダンス?』(1996年)
『それでもボクはやってない』(2007年)
『ダンシング・チャップリン』(2011年)
『終の信託』(2012年)
の9作で、
本作『舞妓はレディ』を含めても10作しかなく、
『マルサの女をマルサする』と『マルサの女IIをマルサする』はメイキングなので、
この2作を除くとわずか8作だ。
『変態家族 兄貴の嫁さん』は周防正行監督のデビュー作で、
ピンク映画でありながら全編小津安二郎タッチで撮りあげた異色作。
(もちろん見ている)
大ヒットした『Shall we ダンス?』以降、
『それでもボクはやってない』
『終の信託』(←クリック)とシリアスな作品が続き、
古湯映画祭(←クリック)で、
「この映画は、見終わったあと、かなり気分が重くなります。そういう風に映画を作りました。だから皆さんは重い気分のまま帰ることになります。覚悟しておいて下さい」
と語られたように、それまでの
『ファンシイダンス』『シコふんじゃった。』とは全く違う、
気持ちが滅入ってくるような(笑)作品だったので、
次作はどんな作品だろうと楽しみにしていた。

で、映画『舞妓はレディ』はどんな作品かというと……

古都・京都。
下八軒のお茶屋・万寿楽に、
「絶対に舞妓になりたい」
と、少女・春子(上白石萌音)が押し掛けてくる。


春子は必死で頼み込むが、誰も相手にしようとしない。
ところが偶然その様子を目にした言語学者の「センセ」こと京野(長谷川博己)が、
鹿児島弁と津軽弁が混ざった方言を話す彼女に関心を寄せ、
「なまりを直して立派な舞妓にしてみせる」と宣言。
春子は京野と共に特訓の日々を送ることになる……


構想は20年前からあったそうで、
大ヒットした『Shall we ダンス?』の後、
次作を考えていたときに、
京都の花街の舞妓さん少なくなっているという話を聞き、
「今度は舞妓の世界を描いてみたい」
と決意。
構想を友人に話してみると、
「じゃあ、『舞妓はレディ』だね」
と、語呂合わせ(ダジャレ?)で返され、
それがそのままタイトルになったとか。
語呂合わせの元は、
もちろん『マイ・フェア・レディ』。
オードリー・ヘップバーン主演の、
「運が良けりゃ」(With A Little Bit of Luck)
「踊り明かそう」(I Could Have Danced All Night)
など、名曲揃いのミュージカル映画。
その『マイ・フェア・レディ』にあやかってか、
本作『舞妓はレディ』もまたミュージカル仕立てになっている。
映画が始まり、
出演者が歌いだすと、やはり最初は違和感があった。
専門のミュージカル俳優を集めたわけでもないので、
歌唱力でグイグイ引っ張っていくと感じではなく、
なんだか素人芸のような感じ。
正直、序盤はあまり面白いとも思えず、
「周防監督、やっちゃったかな~」
と、心の内で心配になる。
周防監督も、最初は迷いながら演出をされていたのではないだろうか?
映画が俄然面白くなってくるのは、
草刈民代が、途中から、なにかふっ切れたように踊り出す頃から。


着物姿からいきなりフラメンコの衣装に変身し、
ガンガン踊るのだ。
これにはビックリ。


竹中直人と渡辺えりも『Shall we ダンス?』を彷彿とさせるような踊りを見せるし、
草刈民代はもちろん、長谷川博己も田畑智子も、
あの富司純子までもが歌い踊る。


『マイ・フェア・レディ』には、
「スペインの雨」 (The Rain in Spain)という歌があり、
「スペインの雨は主に平野に降る」
なんて意味不明(?)の歌詞があったりするのだが、
これは、音声学者ヒギンズ教授が、
花売り娘イライザの下町なまりを矯正するためにやらせた例文が歌詞なので、
それにはちゃんとした理由がある。


しかし、『舞妓はレディ』では、これを、
「京都の雨は大概盆地に降るんやろか」と、
こちらは発音練習でもなんでもなく、
ただ本家の歌に似せただけの歌詞で、
しかも言語学者京野(長谷川博己)が歌うので、
そんなところがすごく可笑しかった。
こういったパロディのような小ネタも満載で、
見る者を楽しませる。


そして、なによりも良かったのは、
春子役の上白石萌音。
歌にも踊りにも演技にも、素朴な良さがあり、
舞妓として成長していく姿に好感が持てた。


ある映画評論家が、
「オードリー・ヘップバーンにはレディに変貌した時の高貴さがあったが、「舞妓はレディ」のヒロインには、輝く舞妓に変身した時のインパクトが欠けていたように思う」
と語っていたが、
それは違うと思った。
『マイ・フェア・レディ』は貧しい田舎娘から高貴なレディへと変貌したが、
『舞妓はレディ』は、普通の娘が舞妓になるために努力する物語である。
鹿児島弁や津軽弁よりも京都弁が高貴というワケでもなく、
普通の娘より舞妓が高貴というワケでもない。
両者の位に高低はないのだ。
舞妓になりたいと夢を抱いた純朴な娘が、
舞妓になりたい一心で稽古に励み、
舞妓という職業女性へと成長していく物語なのである。
そこが本家の『マイ・フェア・レディ』と違うところであるし、
『舞妓はレディ』の素敵なところだ。
そして、上白石萌音が、そのヒロインを見事に演じ切っているのだ。


豪華絢爛なラスト、
そして、エンドロールまで見終わって、
周防監督のやりたかったことの全部が把握できたような気がした。


映画を見てから、
周防監督の某インタビュー記事を読んだ。

僕が花街で一番驚いたのは、映画の中でも草刈民代さんと田畑智子さんにやっていただきましたが、「しゃちほこ」と呼ばれる逆立ち芸を見たとき。舞妓さんといえば「はんなり」という言葉が代表するように、優雅なイメージがあるのに、その舞妓さんが突然、足に着物を挟んで逆立ちですから。こういうのもありなんだと。あれはお座敷の楽しみ方という意味で僕の入り口になりましたね。

『舞妓はレディ』の破天荒さには、ワケがあったのだ。
「はんなり」だけではない、
仰天するような面白いお座敷の楽しみ方もあることを、
映画鑑賞者に知らせる意味もあったのだ。

とにかく「この役者さんがこんなふうに歌うのか」といったようにね、楽しんで観てほしいです。歌手にはできない、役者だからこそ出せた歌の力があると思います。役者の底力を見てほしいですね。

映画『舞妓はレディ』の楽しさ、面白さは、
周防監督のこの言葉に集約されているように思った。
私が映画の序盤で感じた違和感こそが、
周防監督の狙いであったのだ。
ありきたりのミュージカル映画ではない、
周防監督オリジナルの痛快なミュージカル映画が、
ここに誕生した。

くじゅう・三俣山 ……大鍋・小鍋の火口壁を彩る紅葉に酔う……

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本日は、
かつて所属していた山岳会(からつ勤労者山岳会)の、
月例山行に参加させてもらい、
くじゅうの三俣山で紅葉を楽しんできた。

早朝、多久IC入口で、マイクロバスを待つ。


5:40
マイクロバスに乗り込む。
資料を受け取り、本日の計画を聞く。
大曲登山口を出発し、
すがもり越を経て、
西峰、南峰、北峰、本峰と周回し、
大鍋、小鍋の火口壁の紅葉を楽しむルートとのこと。
楽しみだ~


8:10
大曲登山口に到着。
すぐに準備をし、全員でラジオ体操をする。


8:25
出発。
しばらく登った所で、
出発地点をパチリ。
路肩にびっしり車が駐まっている。
この時期のくじゅうの人気のほどがうかがえる。


ゆっくり登って行く。
この辺りの風景も好きだな~


9:11
すがもり越に到着。


しばし休憩の後、出発。


素晴らしい風景を眼下に見ながら、
ルンルン気分で登って行く。


9:41
西峰に到着。
一番乗りは、本日参加の10歳の女の子。
この子は、本当に元気だった。


全員が西峰に着くのは時間がかかりそうだったので、
私は、リーダーの許可をとって、写真撮影のため、
一足先に、本峰へ向かう。


この辺りの紅葉は、まだまだプロローグ。




でも美しい~




10:06
本峰に到着。


「おお~」と思わず声が出る。


大鍋の火口壁が、けっこう色づいている。


ズーム。


いいね~


ゆっくり右に目を移す。


これくらい紅葉していてくれれば、大満足だ。


小鍋周辺も程好く色づいている。


美しい~


しばし見惚れてしまった。
だが、私はまだ知らなかった。
この本峰からの見た紅葉でさえ、プロローグであることを……




南峰へ向かう。


途中の風景も素晴らしかった。




10:34
南峰に到着。
ここで、からつ労山の仲間と合流。


さあ、ここから、グルッと周回する。
天空の紅葉漫歩。
秋の「三俣山」劇場の開演だ。


紅葉を楽しみながら、ゆっくり下って行く。




下り切った辺りに、リンドウがたくさん咲いていた。


美しい~


天気も申し分なし。


振り返って、下ってきた方向を見る。


今日は大船山も賑わっていることだろう。


この辺りから、紅葉が一段と美しくなる。




瞬きする度に風景が変わっている。


瞬きをするのが勿体ないと思うほど……


紅葉のトンネルを抜け、振り返る。
息をのむ風景。
しばしそこから動けなかった。


一歩進んでは立ち止まり、


二歩進んでは立ち止まる。


絶景の連続。






いつまで続くのか……






三俣山は、本峰から紅葉を見るだけでは勿体ないと思う。
やはり、大鍋・小鍋を周囲しなくては……
















11:45
北峰を通過。
下って行く。


この途中も、素晴らしい紅葉。




もちろん、振り返って見た風景も……


下り切った小広場で昼食。
こんな風景を眺めながらのランチは、本当に美味しかった。




12:38
本峰に到着。


再び、展望を楽しむ。






大満足の三俣山紅葉登山であった。
足も軽やかに下山の途に就いた。


からつ労山の皆さん、
ありがとうございました。
今日も「一日の王」になれました~

黒髪山 ……誰もいない静かな山で、黒髪山系固有種の美しき花を楽しむ……

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今日はヤスさんと山へ行く日。
くじゅうの紅葉も気になるところだが、
黒髪山系固有種のあの美しき花も咲き出している頃だ。
数日間に、ヤスさんに、
「どちらにしますか?」
とメールすると、意外や意外、
「黒髪山系でお願いします」
との返事。

昨年は、ヤスさんと、
くじゅう(黒岳)や阿蘇(根子岳)などで素晴らしい紅葉を楽しんだ。
今年は「夏の長雨」や「秋の台風」などの影響か、
どの山の紅葉も鮮やかさに欠けるようだ。
昨年以上の紅葉が見られないならば、
登山者で溢れかえっている山へわざわざ行かずともよい。
黒髪山系でしか見られない花を見に行く方が、
数倍楽しいだろう。
ふむふむ……
黒髪山系を選択するとは、
ヤスさんも段々とホンモノの山好きになってきているようだ。

早朝に某所で待ち合わせ。
7:00
竜門ダムに到着。
まずは黒髪山系の盟主「青螺山」に御挨拶。
いつ見てもカッコイイね~


7:05
登山口に到着。
駐車場には一台の車もなかった。
予想的中。
今日は静かな山歩きが楽しめそうだ。


準備をして、軽くストレッチ。
7:21
登山口を出発。
歩き出してすぐの所に、
ツワブキの花がたくさん咲いていた。
ヤスさん大喜び。


昨年の夏に、ヤスさんと私は、
夏山トレーニングの一環として、
英山から腰岳まで、黒髪山系大縦走をしたが、
ヤスさんが黒髪山系の山を歩いたのはこのときだけだそうで、
竜門から歩くのも、もちろん初めて。


岩の造形に驚き、


雰囲気の良い自然林の道に感動されていた。


「いや~、深山の趣がありますね~、とても低山とは思えません」


台風の爪痕であろうか、
所々に倒木があり、注意しながら歩いた。




雨水によってうがたれた岩や、


岩を這う木の根などを見ながら歩いていたら、


見返峠に着いた。
ここで小休止。


ふたたび歩き出すと、左手に夫婦岩(雄岩・雌岩)が見えてくる。


雌岩に立ち寄って、下を覗き込むヤスさん。


「絶景で~す」


さらに急坂を登りつめると、


クサリ場が見えてきた。


慎重にクリアするヤスさん。


黒髪山山頂に到着。


山頂には誰もいなかった。


天童岩から展望を楽しむ。


青螺山方面。
「今年の夏も黒髪山系大縦走しようか……」
とヤスさんと話す。


黒岳(佐賀県にも黒岳がある)の向うに、八幡岳や天山も見えた。


「後の平」へ向かって歩き出す。
雰囲気の良い道が続く。




ミヤマシキミの赤い実が鮮やかだった。


「後の平」から右折。


ゆっくり下って行く。


倒木の根っ子が、
登山道のガードレールのようになっていた。


ロープ場を慎重に下るヤスさん。


「鬼の岩屋」を通過。


この岩は、10本ほどの小枝で支えられていた。(笑)


涸れてはいたが、


ナメ床が続く美しい沢があった。


二股分岐に到着し、往路と合流する。


往路では少し薄暗かったが、
陽が差して、森の中が輝きを増す。


沢の水もキラキラ。




約4時間の山歩きだった。


駐車場に戻ってくると、
ほぼ満車であった。(笑)


山を歩いている途中は、
ほとんど人に会わなかったが、
我々が出発した後に、大勢の登山者が登ったようだ。
我々は周回ルートを歩いたので、会わなかっただけなのだ。
やはり、黒髪山は人気の山だ。


では、今日出逢った花を少しだけ。
(希少種もあるため花の咲く場所はGPSの軌跡を消去しております)
ヤマラッキョウはたくさん咲いていた。




開いた花はもちろん美しいが、


蕾も美しい。


ブゼンノギクや、


イブキジャコウソウもまだ咲いていた。


そして、この花。


開花しているか心配していたが、
たくさん咲いていた。


いいね~


蕾も美しい。


青にも、


緑にも映える。


全国唯一の自生地に咲く花。


美し過ぎる。


この花は、10cmほどもあった。


本日の女王。


今日も「一日の王」になれました~

平戸植物観察会……『黒髪山系の植物』の著者と、平戸の「秘密の散歩道」を歩く……

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2008年に『黒髪山系の植物』(松尾優/不知火書房)が出版されたときは、
その本の内容を見て、とても驚いたことを憶えている。
それまで何度も黒髪山系の山に登っていたが、
あまり花を見かけなかったので、
「花の少ない山だな~」
と思っていたからだ。
だから、『黒髪山系の植物』に記載されている植物を見て、
(決して大袈裟ではなく)仰天したのだった。
それからは、『黒髪山系の植物』を片手に黒髪山系の山に行くことが多くなった。
この本のお蔭で、多くの珍しい花に逢うことができたし、
至福の時間を過ごすことができた。
他の山域の植物を調べるときにも役に立っているし、
今では、私にとって、
『黒髪山系の植物』は、なくてはならない本となっている。


その本の著者である松尾優氏が主催される「平戸植物観察会」が、
10月26日(日)に催されることを数日前に偶然知った。
メールで参加を申し込むと、快諾して頂き、
本日、平戸で、多くの花に出逢うことができた。

午前9時、
平戸の某所で待ち合わせし、
集合したのは、計11名。
遠くは神奈川県からも参加されていて、とても驚いた。
輪になってそれぞれ自己紹介をした後、
3台の車に分乗して出発した。

まずは、松尾氏の「秘密の散歩道」へ。
最初に出逢ったのは、クマノギク。


クマノギク(熊野菊)は、和歌山県の熊野に由来する名前の花で、
紀伊半島、四国、九州、琉球の各地にまばらに分布する南方系の植物で、
とても珍しい花とのこと。
葉の付き方や形も美しかった。


キンゴジカという花にも出逢った。
午後には花が開くそうだが、
まだ開花していなくて残念。


場所を移動して、オケラに逢うことができた。
嬉しい~
真っ白で、
美しい~


山盛り(笑)のオケラや、


ピンクのオケラ(とても珍しいとのこと)にも逢うことができた。


ワレモコウや、


ナンバンギセルや、


ヒナヒゴタイも咲いている。


平戸のムラサキセンブリは、
天山のものよりかなり大きかった。


シマカンギクにも逢えて、嬉しい~


見上げると、シロダモの実が……


今日は「曇り」の予報だったのに、
朝から雨が降ったり止んだりの変な天気。
それでも、午前10時すぎには青空も顔を出した。


この美しい形の花は、カセンソウ。


そして、超珍しい、ヒメシオンという花にも出逢うことができた。




昼食後、場所を移動して、「極秘の散歩道」へ。
ダンギクがまだ咲いていて嬉しかった。




イブキジャコウソウもまだ咲いている。


こちらは、キセワタ。


面白い形の花だ。


そして、そして、本日、誰もが最も逢いたかった花、
シマシャジン。


歓声が上がる。


神奈川県から参加のご婦人は、
この花に逢うために参加されたとか。


納得の美しさ。


得も言われぬ色合い。


いつまでも見ていた感じ。


激写につぐ激写。


こうして撮ると、キキョウのようでもある。


国内では、この平戸島と、五島列島の福江島でしか見ることができない花。


あまりに美しく、


誰もがしばらくそこから動けなかった。


松尾氏の
「さあ、行くよ~」
の声に正気に戻り、(笑)
次の観察地(佐志岳)へ向かった。

途中、サザンカの原種があり、パチリ。
サザンカ自生地の北限は、
最近の調査では山口県萩市の指月山とされているので、
神奈川県から参加のご婦人は、
「見たことがない」ととても珍しがられていた。


サザンカの白に対し、
傍にあった、
ハクサンボクの赤い実がとても鮮やかだった。


さあ、登山開始。


登山口には、ヤマジノギクがたくさん咲いていた。


なにを囲ってあるかというと……


シバハギのようだった。
希少種タイワンツバメシジミの食草だそうで、
大事に保護されているようだ。


ゆっくり登って行く。


アキノキリンソウが咲いている。


ムラサキセンブリの大株にビックリ。


真っ白のチョウセンノギク。


美しい~


いいね~


そして、イトラッキョウ。


ちょっと早いかなと思っていたが、
今が盛りとたくさん咲いていた。


平戸島にしか咲かない花なので、
これも、神奈川県から参加のご婦人、大喜び。


オトメラッキョウも発見。




いいね~


帰路、松尾氏が、とある海岸に案内して下さった。


咲いていたのは、ダルマギク。


花もカワイイが、葉もカワイイ。


蕾もカワイイ。


ダルマギクには、このように紫色の花と、


白い花がある。


白い花と、紫色の花のコラボ。


ここまで58枚の写真で紹介してきたが、
この他にも多くの花に逢うことができた。
貴重な花々との出逢いの機会を作って下さった松尾優氏に、感謝。
ありがとうございました。


今日も「一日の王」になれました~

映画『リスボンに誘われて』 ……すべてを投げ出して旅に出たことありますか?……

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もう20年ほども昔のことである。
徒歩日本縦断の途中、
とある町の、とある銭湯に入った。
躰を洗い、大きな浴槽に浸かっていると、
地元の60代くらいのおじさんが話しかけてきた。
大きなザックを背負って銭湯に入ってきた、
日焼けした男に興味を持ったようだった。
私が、
「歩いて日本列島を縦断している」
と言うと、
おじさんは、
「俺もやってみたかったな~」
と過去形で残念そうに言ったのだった。
私が、
「今からでもできますよ。ただ歩くだけですから」
と言っても、
「いやいや、そんなに簡単にできるものじゃない」
と仰る。
「いやいや、歩くだけですから、簡単ですよ」
と私が応じても、聞く耳を持たない。
徒歩日本縦断の間、こんなやりとりが、各地で、幾度となくあった。
パックやツアーの旅行ならば誰にでもできるが、
たった一人ですべてを自分で計画して、
単独で数ヶ月に及ぶ旅に出るのは、
けっこう勇気が必要のようなのだ。
ましてや、妻子がいるのに、
会社を辞めて旅に出るとなると、やはり「誰しも」とならないらしい。
まあ、当たり前か……(笑)

「なぜ、徒歩日本縦断を思い立ったのか?」
それは、ある一冊の本との出逢いがあったからだ。
その本とは、
アラン・ブース著『ニッポン縦断日記』(東京書籍1988.10刊)。
会社からの帰り道、私は本書を書店で見つけ、買った。
そして、通勤電車の中で、数日かけて読了した。
本書を読んで、歩いて日本を縦断した男がいることを初めて知った。
それも日本人ではない外国の人が……。
とても面白く、何度も読み返しているうちに、
私の胸の内にとんでもない思いが芽生えた。
〈私も徒歩日本縦断というものをやってみたい!〉
妻と二人の子供がいる中年の平凡な会社員であった私にとっては、
それこそ、一大決心であった。
決意するまでには数年を要したが、
決意してからは、即実行に移した。
妻の承諾を得、
会社を辞め、
徒歩日本縦断の旅に出たのは、1995年の夏のことであった。

「定年退職後にやればいいじゃないか……」
と言う人もいたが、
定年まで待てなかった。
それに、定年の頃には、体力も落ち、感受性も鈍っていると思った。
まだ体力もあり、感受性も豊かな年齢の頃にやってみたかったのだ。
会社を辞めてから旅に出るのだから、
旅から帰ったときに再就職先があるかどうかも分らなかった。
そう簡単に見つかる筈もないし、
見つからなければ、なんでもやるつもりでいた。
そんなギリギリのヒリヒリするような感覚で旅をしたので、
徒歩日本縦断の旅は、生涯忘れることのできないものとなった。
これまで、あの旅を後悔したことはないし、
これからもすることはないだろう。
むしろ、われながら、
「よくぞやった」
との気持ちの方が強い。

そういえば、私の旅は、すべて、衝動的な「思いつき」だ。
だから、すべて単独行。ひとり旅。
海抜0メートルから登る(&ゼロ to ゼロ)「富士山」も、
海抜0メートルから登る北アルプス「剱岳」も、
海抜0メートルから登る北アルプス「白馬岳」も、
海抜0メートルから登る「六甲全山縦走」も、
海抜0メートルから登る「雲仙普賢岳」も、
海抜0メートルから登る(&ゼロ to ゼロ)「屋久島・宮之浦岳」も、
海抜0メートルから登る(&ゼロ to ゼロ)「経ヶ岳」も、
海抜0メートルから登る(&ゼロ to ゼロ)「天山」も……
(タイトルをクリックするとレポが読めます)

先日、シアターシエマで、映画『リスボンに誘われて』を見て、
そんな私の旅のあれこれを思い出したのであるが、
この映画もまた、
衝動的に列車に飛び乗り、
スイスのベルンから、ポルトガルのリスボンへと、
旅をした男の物語である。

スイスのベルンの高校で、
古典文献学を教えるライムント・グレゴリウスは、
ラテン語とギリシア語に精通する、知性と教養に溢れた人物だ。
5年前に離婚してからは孤独な一人暮らし。
毎日が同じことの繰り返しだが、特に不満は無かった。
だが……
ある嵐の朝、学校へ向かう途中、
吊り橋から飛び降りようとした若い女性を助け、
彼女が残した1冊の本を手にした時から、
ライムントのすべてが変わる。


本に挟まれたリスボン行きの切符を届けようと駅へ走り、
衝動的に夜行列車に飛び乗ってしまうのだ。


車中で読んだ本に心を奪われた彼は、


リスボンに到着すると、作者のアマデウを訪ねる。
アマデウは留守だったが、彼の妹が在宅しており、
「この本はこの世に100冊しかない本だ」と告げる。


その後、
アマデウは実は若くして亡くなっていた……と知ったライムントは、
彼の親友や教師を訪ね歩く。
医者として関わったある事件、
危険な政治活動への参加、
親友を裏切るほどの情熱的な恋……
アマデウの素顔と謎を解き明かしていくライムント。
そしてついに、彼が本を著した本当の理由に辿り着くのだが……

この世に100冊しか存在しない本と出会い、
そこに綴られた一言一句に魂を揺さぶられた男は、
著者に会うために、リスボン行きの夜行列車に飛び乗る。
旅先で、著者の素顔と謎が明らかになるにつれて、
色彩に乏しかった男の人生も色鮮やかに輝いていく……
本好き、旅好きの私には、
堪えられない面白さを持った映画であった。

原作は、2004年に出版され、31カ国で翻訳、全世界で400万部を突破した、
パスカル・メルシエのベストセラー小説。


監督は、『ペレ』『愛の風景』でカンヌ国際映画祭パルム・ドールに輝いた、
名匠ビレ・アウグスト。

主人公のライムントには、『運命の逆転』でアカデミー賞を受賞した、
ジェレミー・アイアンズ。
『フランス軍中尉の女』(1981年)、『ダメージ』(1992年)、『愛と精霊の家』(1993年)、『ロリータ』(1997年)など、印象深い作品に多く出演しているが、
一般的には、『ダイ・ハード3』(1995年)での、
クールで冷酷な犯人役で記憶されている方が多いことと思う。
本作『リスボンに誘われて』では、
妻に「あなたといると退屈」と言われて離婚した過去を持つ、
冴えない中年男を好演していた。


その他、
『イングロリアス・バスターズ』のメラニー・ロラン、


『アメリカン・ハッスル』のジャック・ヒューストン、


『ヒトラー~最期の12日間~』のブルーノ・ガンツ、


『愛を読むひと』のレナ・オリン、


『スイミング・プール』のシャーロット・ランプリングなど、


欧州を代表する豪華実力派俳優陣が共演しているが、
その中でも、私が特に惹かれたのは、マルティナ・ゲデック。


『善き人のためのソナタ』(2007年日本公開)や、
『クララ・シューマン 愛の協奏曲』(2009年日本公開)でも魅力的だったが、
(タイトルをクリックするとレビューが読めます)
本作でも、主人公に好意を寄せる女性を演じていて、実に魅力的だった。
彼女に再び逢えただけでも、この映画を見る価値はあったと思う。


坂道、石畳、路地裏、路面電車……
ポルトガルのリスボンは、
長崎県生まれの私としては、どこか懐かしさを感じさせる。
主人公と共に、美しいリスボンの街をさまよううちに、
映画を見ている鑑賞者も、旅をしている気分にさせられる。


ミステリー要素も加わっているので、
謎解きをしながら最後まで飽きずに楽しむことができる。
そして、最後には、胸をキュンとさせられる。
実に魅力的な映画なのである。


旅好き、
本好き、
そして映画好きのあなた、
(すべてを投げ出して旅に出るみたいに)
いますぐ映画館へ……


【蛇足】
徒歩日本縦断から帰ると、
友人知人は、私ではなく、徒歩日本縦断の旅を許した私の配偶者の方ばかりを褒めた。
「ダメ夫の旅を、よく許可したわね」と。
あまりに配偶者の方ばかり褒めるので、
「いつも家でテレビばかり観ているので、夫がいない方が楽だったんだよ」
と言うと、
「そもそも、タクさんと結婚したこと自体が彼女にとって冒険だったと思うの。それだけでも、タクさんよりずっとスゴイ!」
と、妙な褒め方をする。
それで、納得させられる自分もいる。(爆)
私の配偶者もかつてこう言ったことがある。
「あなたの奥さんが務まるのは私の他にいないわ」
と。
配偶者に感謝。

映画『アバウト・タイム ~愛おしい時間について~』 ……かけがえのない「今」……

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11月1日(土)、2日(日)、3日(月)の3連休は、
娘2人、孫4人が、我が家に遊びに来ている。
私の休みは、今日の日曜日(11月2日)だけなのだが、
天気もイマイチということで、山へは行かず、
もっぱら孫の相手をしていた。
せっかく遊びに来てくれたのに、
ジイジが山登りばかりしていたのでは、
娘たちや孫たちに申し訳ない。
ということで、今日は山へは行ってないので、
本日のブログ更新は、映画レビュー。

見た映画はどんどん増えていくのに、
仕事が忙しいので、レビュー執筆が追いつかないのが、今の私の現状。
一作でも多くレビューを書いておきたいので、
今日は、最近見た映画の中でも、大好きな作品、
『アバウト・タイム ~愛おしい時間について~』について書くことにしよう。

クリスマスのロンドンを舞台に、
19人の男女の様々なラブストーリーをグランドホテル方式で描いた傑作、
『ラブ・アクチュアリー』をご存じの方は多いと思う。
アメリカでは2003年11月7日に、
イギリスでは2003年11月21日に、
日本では2004年2月7日に公開された名作で、
私の大好きな作品でもあるのだが、
この映画を監督したリチャード・カーティス監督の、
最新作にして、
最終作(「この作品を最後に監督を引退する」と本人が表明している)となるのが、
『アバウト・タイム ~愛おしい時間について~』なのだ。
海外でこの映画を見た人から、「素晴らしい作品」との評価が届いていたし、
私自身も以前より強い関心を持っていたので、早く見たいと思っていた。
だが、
アメリカでは昨年(2013年)9月4日に、
イギリスでも昨年(2013年)11月3日に公開されたのに、
日本では一向に公開される気配がなかった。
やっと公開されたのが、
アメリカやイギリスでの公開から1年後の、(爆)
今年(2014年)の9月27日だった。
しかし……
いつものことであるが、佐賀県での上映館がなく、
福岡に用事があって出掛けた10月某日、
やっと見ることができたのだった。

イギリス南西部コーンウォールに住む青年ティム(ドーナル・グリーソン)は、
両親と妹、そして伯父の5人家族。
どんな天気でも、海辺でピクニックを、週末は野外映画上映を楽しむ。


風変りだけど仲良し家族。
しかし、自分に自信のないティムは年頃になっても彼女ができずにいた。


そして迎えた21歳の誕生日、
ティムは父(ビル・ナイ)からある秘密を告げられる。
それは、
「一族に生まれた男子にはタイムトラベル能力が備わっている」
というものだった。


はじめは冗談かと思い、信じることができないでいたが、
能力の使い方を覚えてからは、
恋人を作るために繰り返しタイムトラベルをするようになる。


弁護士を目指してロンドンへ移り住んでからは、
チャーミングな女の子メアリー(レイチェル・マクアダムス)と出会い、


恋に落ちる。




ところが、タイムトラベルが引き起こす不運によって、
二人の出会いはなかったことになってしまう。


それでもなんとか彼女の愛を勝ち取り、
その後もタイムトラベルを続けて人とは違う人生を送るティムだったが、
やがて重大なことに気がついていく。
どんな家族にも起こる不幸や波風は、
あらゆる能力を使っても回避することは不可能なのだと……


いや~、面白かったです。
そして、感動。
やはり、リチャード・カーティス監督作品は、素晴らしい。


「過去に戻って人生をやり直したい」と、
誰しも一度や二度は思ったことがあるのではないだろうか?
「あの若く美しかった頃の自分に戻りたい……」
とか、
「あのとき、選択を誤らなければ、もっと違った人生を歩んでいるハズだ……」
とか。
そんな夢のような話を現実化したのが、
映画『アバウト・タイム ~愛おしい時間について~』だ。
まあ、一応、SFのようなものなのだが、
タイムトラベルする方法は、
「暗いところで念じると過去に戻れる(過去にしか行けない)」
という非科学的で陳腐なものだし、(笑)


時間軸に関する問題もアバウト過ぎて、矛盾だらけなので、
『アバウト・タイム』のアバウト(おおまかな。大ざっぱな。)はその意味?
と思ってしまうほど。
(あっ、ちなみに「アバウト・タイム」とは「その時はきた」「今こそ、そのとき」という意味)
そういうアバウトなところは目をつぶってもらうとして……(笑)


問題は、映画の中身だ。
これが実にイイのだ。
彼女との出逢いの仕方に失敗すると、
何度も過去に戻って、アプローチの方法を変えたり、
彼女とベッドインするときも、
うまくいかないと、何度も過去に戻って、
トライの仕方を変えてみる。
これが実に面白く、見る者を楽しませてくれる。
そして、笑わせながら、深く考えさせもするのだ。
何度も過去に戻れることは、幸せなことなんだろうか……と。




年老いて、病に侵された父、


男運が悪く、しかも交通事故に遭う妹、


家族の不幸を取り除こうとタイムトラベルをやってみるが、
それでは解決できないことがあることも知る。
そして、
人生の本当の意味において、
タイムトラベルによる”やり直し”は、
不必要である事に気づくようになる……


主人公が、タイムトラベルをすることによって、
いろんなことに気づいていくように、
映画の鑑賞者も、時間について、いろんなことに気づかされることになる。


映画を見終わる頃には、
「今」生きているこの一瞬一瞬が愛おしくたまらなくなる。
そんな映画なのだ。


映画のストーリーもイイけれど、
挿入歌が、それにも増してイイのだ。
特に、「How Long Will I Love You」にはシビレてしまった。
映画を見終わっても、ずっとこの曲が耳の奥で鳴っているほど……
(歌 ジョン・ボーデン、サム・スウィニー & ベン・コールマン)


こちらは、
リチャード・カーティス監督の代表作、
『フォー・ウェディング』Four Weddings and a Funeral(1994年)脚本
『ノッティングヒルの恋人』Notting Hill(1999年)脚本
『ラブ・アクチュアリー』Love Actually(2003年)監督・脚本
『アバウト・タイム〜愛おしい時間について〜』About Time(2013年)監督・脚本
をまとめた“ラブコメ傑作集”ともいえる特別映像に、
「How Long Will I Love You」(歌 エリー・ゴールディング)を重ねたもの。


9月27日に公開された作品なので、
上映終了しているところも多いが、
11月になって上映を決めた映画館も少なくない。
(佐賀県でもイオンシネマ佐賀大和で11月8日からの上映が決定した)
もし近くに上映している映画館があったら、ぜひぜひ。
この映画を見ると、
「今」という時間が愛おしくなり、
きっと、一日一日を、
一瞬一瞬を、しっかり生きていこうと思うハズ。
「一日の王」にもなれますよ~(以下にネタバレ記事を少し)


※注意
最後にちょっとネタバレします。
これから『アバウト・タイム ~愛おしい時間について~』を鑑賞予定の方は、
以下の文章は、映画を見た後にお読み下さい。

最初に、私は、

「過去に戻って人生をやり直したい」と、
誰しも一度や二度は思ったことがあるのではないだろうか?

と書いたが、
実は、私自身は、そう思ったことはない。
現在に満足しているからかもしれないが、
あまり「過去に戻りたい」とは思わない。
そして、もし、「過去に戻ってやり直したい」と思ったときは、
タイムトラベルなどせずとも、
人生をやり直す方法を私は知っているのだ。(ほんまかいな?)
その方法は、「私だけがやっている方法」と思っていたのだが、
この映画を見て、そうではないことを知った。
本作『アバウト・タイム ~愛おしい時間について~』では、
映画の最後に、ひとつの答えが示されるのだが、
それは、日頃、私が考えていることと同じだったのだ。
それは……

「未来から来た人間だと思って日々を大切に生きる」

ということ。
たとえば、中高年であれば、
年老いて、躰が不自由になっているかもしれない20~30年後を想像してみる。
私など、いつも最悪の20~30年後を想像している。(笑)
寝たきりとなり、
娘たちや孫たちにも見放され、
お尻をつねられたり叩かれたりしながら、
配偶者にオムツを取り替えてもらっている。(爆)
そこまで想像して、さらに、
「ああ、20~30年前に戻れたら……」
と、後悔している自分を想像してみるのだ。
そして、20~30年前の自分に(つまり今の自分)に戻って、
ホッと安心するのだ。
「まだ間に合う。もっと配偶者や娘たちや孫たちに優しくしなくては……」
と。
ほら、タイムトラベルできたでしょう~?(笑)

芥川賞作家・重兼芳子さん(1927年~1993年)の著書に、
『今日がいちばん若い日』(鎌倉書房/ 1987)というタイトルの本があった。

映画『アメリカン・ビューティ』の中の言葉にも、
「今日という日は、残りの人生の最初の一日」というのがあった。

「未来から来た人間だと思って日々を大切に生きる」
ということは、
今日がいちばん若い日なのだから、
これから一日一日を大切に生きていけば、
(過去は変えられないが)未来は変えられるということ。
未来の自分は変えられるということなのだ。

映画のラストの方で、
つまらないと思った一日を、もう一度繰り返すシーンがある。
つまらないと思って一日を過ごしたときと違って、
一瞬一瞬が輝いて見えてくるのだ。
このシーンは、本当に秀逸だった。

タイムトラベルなどせずとも、
「今」という時間を大切に生きていけば、
後悔のない人生を送ることができるのだ。

「ネタバレします」と言ったのに、
「どうせ映画なんか見ないわ」とここまで読んだあなた……(笑)
ここまでネタバレしても、
『アバウト・タイム ~愛おしい時間について~』を見る価値は、
いささかも減じないと付け加えておきましょう。
この映画を見ることは、
自分の人生を考えるよい機会になると思います。
映画館で、ぜひぜひ。

舞岳~経ヶ岳~笹ヶ岳~西岳~多良権現~前岳 …多良山系で極上の秋を楽しむ…

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今日はヤスさんとの山歩きの日。
ヤスさんから、以前より、
「多良山系を歩きたい」
との希望が出されていた。
今年も早11月となり、
多良山系の木々も色づいている頃だろう。
山全体を赤く染めるくじゅうほどの派手さはないが、
緑の中に点在する紅葉や黄葉は、
有名山とは一味違った趣のある山の彩りを見せてくれる。
今日は晴天との予報なので、
紅葉を楽しみつつも、多良山系をガッツリ歩きたいと思った。
私が立てた計画は……
まず舞岳ルートで経ヶ岳を目指す。
経ヶ岳からは、平谷越へ下り、
トラバースして中山越へ。
そこから笹ヶ岳と西岳を経て、
国見岳と多良権現へ。
さらに、座禅岩を通り、前岳へ。
多良山系7座(舞岳~経ヶ岳~笹ヶ岳~西岳~国見岳~多良権現~前岳)縦走だ。


黒木登山口に着き、
まずは経ヶ岳に御挨拶。
カッコイイ~
オトコマエ~


6:55
黒木登山口駐車場を出発。


朝陽が当たっている経ヶ岳山頂が見えた。
いいね~


しばらく歩いた所に、サツマイナモリが咲いていて、ビックリ。


7:05
ここから右折し、舞岳にとりつく。


急登の連続。
難所も慎重にクリア。


7:55
展望岩に到着。


しばし、展望を楽しむ。
今日は、雲ひとつない晴天。
素晴らしい。


8:13
経ヶ岳を見ながら、舞岳山頂を通過。


8:42
中山越から経ヶ岳へ登るルートと合流する。


ここからも急登の連続。
「いや~、多良山系は手強いです」
と、ヤスさん。


9:12
経ヶ岳山頂に到着。




山頂直下の紅葉が美しい。
ヤスさんに教えると、「お~」と感嘆の雄叫び。


今日は、雲仙も見えている。


ズームアップ。


こちらは、五家原岳方面。


天山もよく見えた。


9:33
経ヶ岳山頂を出発。
平谷越の方へ下って行く。


色づいた木々の下を歩く心地よさ。


岩場からの眺めもなかなか。


パステルカラーのような色合い。


岩場の途中に、


リンドウが咲いていた。


10:02
平谷越を通過、


中山越へ向けて歩いて行く。


ソーメンの滝や、


所々に見える紅葉を楽しみながら歩いていたら、


10:34
中山越に到着。
小休止して、すぐに出発。


だらだらとした急登にあえぎつつも、
両脇の色づいた木々に励まされる。




10:59
笹ヶ岳分岐に到着。


この周辺の紅葉&黄葉は見事だった。






笹ヶ岳にとりつく。
少し登った所から見た景色が素晴らしかった。


いいね~
(早春は、ここから見たマンサクもイイよ~)


急坂をひたすら登って行き、


11:11
笹ヶ岳山頂に到着。
マイナーな山なので、標識の文字も消えかかっている。




でも、展望は、なかなか。


11:22
笹ヶ岳分岐通過。

11:34
「レスキューポイント17」より、西岳にとりつく。
そして、岩場を慎重に登って行く。


途中、経ヶ岳の眺めを楽しみつつ登っていると、


11:50
西岳山頂に到着。


やわらかい色合いに包まれて、ここで昼食。




12:04
西岳山頂を出発。
黄葉のトンネルを下って行く。


この西岳に立ち寄ったのは、大正解であった。
この西岳の紅葉&黄葉は本当に素晴らしかった。






ヤスさんも、激写につぐ激写。




下ってくると、多良岳が見えてきた。
けっこう色づいているので、登るのが楽しみになってきた。


12:23
多良岳にとりつく。


いつものように、アカガシの巨木に御挨拶。


梵字が彫ってある岩場周辺の紅葉が見事であった。




目がチカチカするほど……


紅葉でもなく、黄葉でもなく、
金色に輝く光葉……
見上げ過ぎて、首が痛くなった。(笑)


岩場の難所を通過し、
まずは、国見岳へ。


12:44
国見岳山頂に到着。
紅葉越しに見る五家原岳が美しかった。


12:51
多良権現に到着。


「あそこから歩いてきたんですね~」
とヤスさん。


急坂を下り、前岳方面へ。
紅葉が鮮やかだった。




艶めかしいヒメシャラに木に、魅了される。


13:12
座禅岩に到着。


緑の中に点在する赤や黄色が、
多良山系の紅葉。


いいね~


右に目を転ずると、絵本のような風景。


こちらも、いいね~


岩の上に生える木々や、


鬼の岩屋を見ながら登って行くと、


真っ赤な紅葉が……


その裏側に、前岳の標識があった。


13:24
前岳に到着。


小休止後、再び下って行く。

途中、名残惜しそうに、ヤスさんが写真を何枚も撮っていた。


13:36
多良権現と前岳の鞍部から、六体地蔵の方へ下って行く。

13:42
六体地蔵を通過。

13:59
金泉寺に到着。
しばし休憩。

14:07
金泉寺を出発。

14:13
西野越を通過。

15:21
黒木登山口駐車場に到着。
約8時間半の山歩きであった。
「いや~、大満足です」
とヤスさん。
紅葉と山歩きを、ガッツリ楽しんでもらえたようだ。

帰路、経ヶ岳にお礼の御挨拶。
今日も「一日の王」になれました~

鬼ノ鼻山・多久聖廟・西渓公園 ……裏山と裏庭で、里の秋を楽しむ……

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今日は、早朝から雨音がしていた。
午前中は用事があったので、
午後からは、音楽でも聴きながら読書でも……
と思っていたのだが、
昼下がりに帰宅してみると、
時折、陽も差しており、
なんだか歩き出したくなるような天気。
デイパックに必要なものを詰めて、
裏山の鬼ノ鼻山へ向かった。

私の好きな林の中を歩いて行く。


いいね~


第一展望所で、しばし休憩。


鬼の展望台へ向けて登って行く。


センボンヤリや、


アキノキリンソウを見ながら登って行くと、


鬼の横顔が見えてきた。


展望台からの眺めはまずまずなのだが、
やはり遠望がきかない。


反対側には、こんな風景も……


鬼ノ鼻山山頂に向かって移動する。


山頂に到着。
八幡岳の山頂は雲に覆われていて見えず、


天山の山頂も見えなかった。


縦走路を歩き出す。


鬼のテラスでしばし寛ぐ。


縦走路の南斜面が少し紅葉していた。


その先の縦走路には、サザンカが咲き出していた。


美しい~




山頂部の紅葉は、まだこれから……という感じだったので、
麓にある多久聖廟と西渓公園に行ってみることにした。
鬼ノ鼻山が裏山だとしたら、
多久聖廟と西渓公園は、裏庭だ。
裏庭だなんて、なんだか私物化しているみたいだが、
所有欲が減少し、物を買わなくなった今は、
私の書庫は、武雄図書館や多久図書館、
わが家の居間は、県立美術館、
わが家のホームシアターは、シネコン、
わが家の音楽鑑賞室は、佐賀市文化会館、
わが家の裏庭は、多久聖廟や西渓公園……と、
勝手に公共施設を「私のモノ」と思うことにしているのだ。(笑)

まずは多久聖廟へ。


入口のところからすでに紅葉していたので、ビックリ。


池の周囲も赤く彩られていた。


いいね~


正直、これほどとは思っていなかった。


嬉しい誤算。


東原庠舎の方へも行ってみる。


こちらへ行く人は少ないが、
情緒的な紅葉が楽しめるのだ。


ねっ、イイでしょう~


多久聖廟に来たときは、ぜひぜひ。


西渓公園へ向かう途中で、美しい柿の木を発見。


根元にはホトケノザがたくさん咲いていたので、ビックリ。


西渓公園に到着。
予想以上に紅葉していて、またまたビックリ。


ちょっと早いかな~と思っていたので、嬉しい~




ゆっくり登って行く。


いいね~




丘の上の紅葉が見事であった。


しばらく歩いて、




振り返る。


美し過ぎる紅葉だ。


ちょうど陽も差してきて、
赤が一段と鮮やかになる。


青空も出てきて、紅葉が映える。


今日、これほどの紅葉を見ることができるとは思わなかった。


躰が赤く染まっていくようであった。














丘から下って行くと、


池に架かっている橋の上にいる人が、
紅葉に包まれているように見えた。


いいね~


今日も「一日の王」になれました~

映画『トワイライト ささらさや』 ……富司純子と寺田心のなりきりぶりに拍手……

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今から24年前の1990年、
『ゴースト/ニューヨークの幻』という映画が大ヒットした。
若い女性がたくさん映画館につめかけ、とても話題になったので、
憶えておられる方も多いと思う。
当時、この映画を見た、同じ会社の若い女子社員が、
「とても感動し、もう何度も映画館で見ました。ビデオが出たら必ず買います」
と、わざわざ私に報告しにきたことがあった。
(この頃はまだDVDはなく、セル用の新作ビデオはとても高価だった)
数か月後、発売されたビデオを購入した彼女が、
会社に持ってきて見せてくれたのを思い出す。
それほどまでに『ゴースト/ニューヨークの幻』は若い女性の心を魅了したのだが、
この「愛する人が幽霊となって目の前に現れる」というアイデアは、
その後、多くの亜流映画・小説を生むこととなった。
日本でも、
『黄泉がえり』(2003年)、『天国の本屋〜恋火』(2004年)、『いま、会いにゆきます』(2004年)、『この胸いっぱいの愛を』(2005年)、『花田少年史 幽霊と秘密のトンネル』(2006年)、『椿山課長の七日間』(2006年)、『ツナグ』(2012年)など、
亜流映画&原作本が生まれているが、
今回紹介する映画『トワイライト ささらさや』も、
その流れをくむ一作といえるだろう。

サヤ(新垣結衣)は、
夫のユウタロウ(大泉洋)を突然の事故で亡くしてしまう。


サヤは息子を守り抜こうと一人決心するものの、
身寄りもなく苦労を重ねていた。


二人が心配でたまらないユウタロウは、
成仏できずにさまよい、
やがて町の人々の身体に乗り移って彼女を支えるようになる。
落語家の師匠(小松政夫)、


旅館の女将(富司純子)、


言葉を失った少年(寺田心)、


ささら駅の駅員(中村蒼)……、


のどかで、どこか不思議な町“ささら”の人々に助けられながら、
サヤは少しずつ母親として成長していく。


だが、絶縁していたユウタロウの父が現れたことから、
サヤに思わぬ危機が降りかかる……


11月9日(土)に公開された作品であるが、
私は公開日の10日ほど前に試写会で見た。
試写会にはよく応募するのだが、
めったに当選することはなく、(笑)
本作『トワイライト ささらさや』の試写会の招待状が届いたときには、
正直、驚いた。
TV大好き人間の配偶者は、
映画に誘っても、なかなか誘いに乗ってこないのだが、
この『トワイライト ささらさや』の試写会のときは、
珍しく「行きたい」と言った。(試写会はペアでの招待)
TVで映画の宣伝をしていたらしく、
その予告映像を見て、「行きたい」と思ったらしい。

で、映画を見た配偶者の感想はというと……
「よかったよ~」
とのこと。
パンフレットに、
「世にも切ない夫婦の愛に涙が止まらない、この秋一番の感動をあなたに――」
と謳ってあったので、
「涙は出た?」
と訊くと、
「うん、たくさん出たよ~」
との返事。
大いに泣かされ、感動したそうだ。

私はというと……
涙は出てこなかった。
涙もろい方なのだが、
この映画に関しては、涙は流れなかった。
この手の映画をたくさん見ている“すれっからし”なので、
感動が薄かったのかもしれない。
『ゴースト/ニューヨークの幻』と同様に、
普段、あまり映画を見ない、
純粋な心を持った(男性よりも)女性の方が、
より感動できる作品のように感じた。

まあ、そんな干からびた心を持った“すれっからし”の私であるが、(笑)
この映画で感心したこともあったので、少し語ってみたい。

この映画の最大の見所は、
ユウタロウ(大泉洋)が人に乗り移るシーン。
乗り移られた方の、
落語家の師匠(小松政夫)、
旅館の女将(富司純子)、
言葉を失った少年(寺田心)、
ささら駅の駅員(中村蒼)
の演技がとても面白く、秀逸だったこと。
とくに、富司純子の演技は素晴らしく、
お茶漬けをかきこんで、顎にご飯粒をつけたり、
寝転がって足をパタパタさせたり、
普段、見ることのできない富司純子を見ることができて、
なんだか得をした気分だった。
あの美しい女優さんが、
普通のおばあさんに見えたときは、
さすがに、ちょっとショックだったけれど……(笑)


もっとも笑わせてくれたのは、
言葉を失った少年・ダイヤを演じた寺田心くん。
4歳(という設定)の子供が、
いきなり江戸っ子口調で話し始めたときは、大爆笑であった。


その他、
落語家の師匠(小松政夫)も、
ささら駅の駅員(中村蒼)も、
ユウタロウに乗り移られたときの演技がとても良かったのだが、
これらのシーンは、
あらかじめ大泉洋に乗り移られたときのシーンをすべて演じてもらって、
それをDVDに録画して、
その映像を見ながら、それぞれが大泉洋を真似て演技をしたのだとか。
大泉洋の口調を真似た、乗り移られた人物の登場シーンが多く、
当然のことながら、大泉洋そのものの出演は少なかったので、
彼の演技を見たい者には、それがやや残念であった。


大泉洋の出番は少なかったが、
新垣結衣の出演シーンは多かったので、
彼女のファンには嬉しい、特別の作品になったと思う。
それにしても、新垣結衣は、
年々美しくなっていくような気がする。
1988年6月11日生まれなので、現在26歳。(2014年11月12日現在)
今作で初めて母親役を演じたのであるが、
10代の頃の彼女を知っているだけに、感慨深いものがあった。


この映画では、
度々ミニチュアみたいな町の風景が出てくるのだが、
映画の帰り、車の中で、配偶者が、
「なぜ風景に模型を使ってたの?」
と訊いてきたので、
「あれは模型ではなくて、たぶん、実際の風景を模型のように見える撮影方法で撮っているからだと思う」
と答えた。
これまで、雑誌などで、実写なのにミニチュアのように見える写真を何度も見ていたからだ。
調べてみると、やはり、
『トワイライト ささらさや』の風景撮影にはシフトレンズが使われていて、
このシフトレンズを使うと、
画面の手前と奥がぼかされて人や建物が小さく見え、
俯瞰で撮影すると、ミニチュアのように見えるのだ。
(シフトレンズについての詳細はコチラから)
イタリアの著名な写真家オリボ・バルビエリで知られる手法で、
最近は、山の雑誌でもよく見かけるほど多くなっている。
深川栄洋監督は、最初のロケハンの時から、
“ささら”を不思議な町として表現するために、この撮影方法を決めていたそうで、
ロケ地の秩父の実景は、主に空撮用のマルチコプターで撮影したとか。
(空撮用のマルチコプターは、リモコンヘリにカメラが搭載されていて目視できるところならどこでも飛ばすことができる)
不思議な町“ささら”の象徴として監督がこだわったのが、
(パワースポットである)稲荷大明神の幟だったらしく、
ユウタロウが人に乗り移ったり、
何か不思議なことが起きると、
幟がパタパタとはためくシーンが幾度となく挿入されていた。

映画『トワイライト ささらさや』に、
なんだかメルヘンチックなおとぎ話のような雰囲気があったのは、
このシフトレンズを使って風景を撮影したから……と言えるだろう。


エンドロールのときに流れる主題歌を歌うのは、コブクロ。
その名もズバリ「Twilight」というタイトルのバラード。
この主題歌が流れているときにもドラマがあるし、
エンドロールが終わってからも、ワンシーンある。
(どの映画のときもそうだけれど……)
場内が明るくなるまで、席を立たないようにね。


作礼山・897ピーク・環境芸術の森 ……周回ルートで、紅葉、紅葉、また紅葉……

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今日は、ヤスさんとの山歩きの日。
11月も中旬となり、
紅葉も里山まで下りてきた。
ヤスさんから、「まだ作礼山には登ったことがない」と聞いていたので、
本日は、
作礼山、897ピーク、環境芸術の森へと周回するルートで、
紅葉を存分に楽しむことにする。


多久市役所駐車場で、ヤスさんと待ち合わせ。
私が早く着いたので、しばし「楷樹」の紅葉を愛でる。
「楷樹」といえば、多久聖廟にある「楷樹」が有名だが、
実は、多久市役所駐車場の片隅にも「楷樹」が植樹されている。
多久聖廟の「楷樹」は1925年(大正14年)に、
多久市役所の「楷樹」は、1993年(平成5年)に植栽されたものである。


多久聖廟のものほど大きくはないが、
ちょうど程好く色づいていたので、嬉しかった。


ヤスさんが到着したので、
2台の車で、出発。
ヤスさんの車を「環境芸術の森」駐車場にデポし、
私の車で、栗ノ木登山口へ向かう。
途中の展望の良い場所で、幾重にも重なる山々を楽しむ。
一番遠くに見えるのが、多良山系。


栗ノ木登山口に到着。
準備をし、軽くストレッチ。
8:37
出発。


栗ノ木登山口を出発したが、
まずは白木木場登山口の方へ向かう。(笑)
(のちに栗ノ木ルートと合流する)


9:00
白木木場登山口に到着。
ここからあらためて登って行く。




小さな鳥居をくぐると、
急登が始まる。


「いや~、すごい急坂ですね~」
とヤスさん。


9:20
栗ノ木ルートと合流。

9:26
展望岩に到着。


周囲の木々の背が伸びたので、展望はあまり良くないが、


紅葉はなかなかだった。




9:30
展望岩を出発。
登山道沿いの紅葉を楽しみながら登って行く。






向うに見える山肌も、色づいた木々が多かった。


登山道に降り積もっている落葉も美しい。


9:58
作礼山の東峰と西峰の中間地点に到着。
まずは東峰へ向かう。


10:03
東峰に到着。


展望が素晴らしかった。
まずは、天山、


右に目を転ずると、鬼ノ鼻山や聖岳、遠くに多良山系の山々が見えた。


さらに右に目を転ずると、英山~黒髪山~青螺山~牧ノ山~腰岳と続く、
黒髪山系の山々が見えた。
「昨年夏に縦走したことが懐かしく思い出されます」
とヤスさん。
「来年も黒髪山系大縦走をやりましょう!」


10:10
東峰を出発。
秋色を楽しみながら、西峰へ。




10:22
西峰(作礼山山頂)に到着。




標識が新しいものになっていた。
以前のものは朽ち果てていたので、嬉しい。
誰かが作ってくれたのであろう。
どこかの誰かさん、
作ってくれてありがとう。
礼を言います。
山も喜んでいるでしょう。


10:26
西峰を出発。
ジュンサイ池に下りていく。


10:39
ジュンサイ池のほとりで紅葉を愛でながら軽めのランチ。


ランチの後、紅葉を楽しみながら、897ピークの方へ向かう。






みどり池のほとりの紅葉も見事であった。




美しい林の中を歩き、


11:18
897ピークにとりつく。
この無名峰は、常緑樹が少ないので、楽しみ。


いいね~


ブナの周辺も黄葉している。






素晴らしい。


11:34
897ピーク山頂に到着。




山頂付近は展望がないので、
すぐさま下山開始。
ちょうど陽が差してきて、
紅葉が一段と美しくなる。






11:48
林道に出て、この道を下り始める。
先程登った897ピークを見ながらゆっくり歩いて行く。




この林道歩きが退屈かというと、


これが絶品紅葉ロードなので、
まったく退屈しないのだ。


林道の両側は色づいた木々がいっぱい。




歓声を上げながら写真を撮りまくる。




ふと足元を見ると、キッコウハグマが咲いていた。


かなり下ってきた。


振り返ると、


作礼山が見えた。


平之神社の大イチョウが見えてきた。


せっかくなので、神社に立ち寄る、
やはりデカイ!


13:09
環境芸術の森の駐車場に到着。


朝、ヤスさんの車をデポしたときには1台の車もなかったのに、
今はほぼ満車状態。
「ビックリです」と、ヤスさん。


13:13
環境芸術の森へ入る。


紅葉がちょうど見頃を迎えていて、ヤスさん大喜び。


どこを見ても美しく、素晴らしい。




紅葉ばかりではなく、緑もあるので、赤や黄色が一層引き立つ。


いいね~


ここからも、作礼山が見えた。


今日いちばんのビューポイントは、ここかな。


ズーム。


もっとズーム。
いいね~


作礼山で、897ピークで、そして環境芸術の森で、
紅葉をたっぷり堪能した。
紅葉三昧の一日であった。


名残を惜しみつつ、
14:00
帰路に就いた。
約5時間半の山歩きであった。
「いや~、今日も、紅葉と山歩きを存分に楽しませてもらいました。近くの里山にも好い山がたくさんありますね~」
とは、ヤスさんの弁。
今日も「一日の王」になれました~

金立山 ……東南尾根から登り、紅葉、黄葉、光葉、煌葉、虹葉を楽しむ……

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今日は、山登りの予定はなかったのだが、
用事で佐賀市内に行くことになっていたので、
ついでに金立山に登ってみることにした。
金立山の紅葉は毎年楽しんでいるが、
金立山の紅葉の見頃は、11月下旬から12月上旬なので、
今日は下見登山。

金立コスモス公園駐車場に到着すると、
周囲に紅葉した木がいくつも見えた。




しばらく公園内を散策する。


紅葉はしていないが(て言うか葉そのものが無い)、
枝ぶりが美しいので、パチリ。


10:09
金立コスモス公園駐車場を出発。


メタセコイアはまだ色づいていなかった。


今日はすごく好い天気。


10:19
金立SAに立ち寄って、サンドイッチとジュースを購入。


10:28
金立SAを出発。


紅葉&黄葉した風景を見ながら歩いて行く。






10:38
ポイント24より、東南尾根方面へ入って行く。
雰囲気の好い道が続く。


大好きな道だ。


木々も程好く色づいている。




樹林帯を抜けると、光が紅葉を一層美しくする。






花びらが落ちていたので、


見上げると、
サザンカの花がたくさん咲いていた。


紅葉を愛でながら、ゆっくり登って行く。




10:52
行き止まりのようになっている場所に到着。
この先の左側に道が続いている。


紅葉は少なくなるが、雰囲気の好い道が続く。


だからこそ、時折見かける紅葉が貴重に感じられる。


羊歯植物が多くなり、黒髪山系のような雰囲気。


11:19
「東南尾根ルート」と「東尾根ルート」の分岐に到着。


左の東南尾根へ入って行く。


この先は、植林帯が続き、やや味気ない。


だが、軽快に歩いて行く。


上宮ルートではなく、直登ルートで、山頂を目指す。


11:51
金立山(501.8m)山頂に到着。




山頂周辺では、水曜登山会の皆さんが大勢でランチ中だった。
なので、早々に退散。
車道を下って行く。
金立山の車道はまだ歩いたことがなかったので、
歩いてみたいと思っていたのだ。


11:57
車道脇で軽くランチ。
傍らに、スミレが……


12:05
出発。
軽快に下って行く。




車道沿いには、名所にあるような紅葉や黄葉はなかったが、
いろんな色の葉をつけた木々がたくさんあった。


強烈な原色ではなく、
やわらかい色合いの葉が多かった。


光輝く葉、


煌めく葉、






車道歩きだが、まったく退屈しなかった。


途中に植林帯があったが、


右側に沢があって、
小さな滝など見ながら歩いていたら、楽しかった。




車道とは言え、車にはまったく出合わなかった。


下界に近づくにつれ、また秋色が多くなってきた。




キャンプ場を通過。


金立山で、いちばんの紅葉の名所であるポイント25に到着。


入口周辺はほんのり色づいていたが、


中はまったく紅葉していなかった。


この辺りは、やはり、
例年通り11月下旬から12月上旬が見頃だと思う。


今日の紅葉&黄葉はもう終わりか……と思って歩いていたら、


最後の最後で、すごい紅葉に出逢った。


紅葉、




黄葉、




光葉、




煌葉、


虹葉……




もう言葉が出てこない。


下見登山であったが、
本番と同等の紅葉を堪能できたような気がする。

13:28
金立コスモス公園駐車場に戻ってくる。


充実した3時間20分の山歩きであった。


金立公園で、いこいの広場で、東南尾根で、山頂からの車道で、登山道の出口で、
紅葉、黄葉、光葉、煌葉、虹葉を、存分に楽しむことができた。
今日も「一日の王」になれました~

映画『紙の月』 ……宮沢りえと小林聡美と大島優子の演技に魅了される……

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「紙の月」というタイトルで思い出すのは、
ライアン・オニールとテータム・オニールが親子共演した、
映画『ペーパームーン』(1974年3月9日日本公開)。
聖書を売りつける詐欺師の男と、
母親を交通事故で亡くした9歳の少女との、
互いの絆を深めていく物語を描いたロード・ムービーであった。
そもそも「ペーパームーン」とは何かと調べてみると、
「紙で作った月」ということで、
「まやかし」という意味や、
「紙で作ったものだけど本当に信じればそれが本物になる」
という意味もあるらしい。
1900年代初頭のアメリカでは、
家族や恋人などとの記念写真の背景として人気があったとか。


「紙で作ったものだけど本当に信じればそれが本物になる」とは、
まさに「紙幣」のことを言い当てている。
たとえば1万円札は、
それ自体に1万円の価値はない。
そういう意味では、本物の紙幣であっても、偽札だ。
その価値を信じて使用する人々の間でのみ、
共同幻想としての1万円の価値が生ずる。
だから、
共同幻想を共有する人のいない場所ではただの紙切れになってしまう。

映画『紙の月』は、
そんな共同幻想の巣窟である銀行を主舞台として始まる。

1994年。
梅澤梨花(宮沢りえ)は、


子どもには恵まれなかったものの、
夫(田辺誠一)と穏やかな日々を送っている。


契約社員として勤務する「わかば銀行」でも、
丁寧な仕事ぶりで上司の井上(近藤芳正)からも高評価を得ている。


支店では、
厳格なベテラン事務員の隅より子(小林聡美)や、


まだ若くちゃっかり者の窓口係・相川恵子(大島優子)ら、


様々な女性たちが梨花と共に働いている。
ある日、
梨花の顧客で裕福な独居老人の平林(石橋蓮司)の家で、
平林の孫で、大学生の光太(池松壮亮)と出逢う。
その光太と、
通勤で利用する駅の改札口で再会し、
その後も何度か偶然の再会を繰り返すうちに、
言葉をかわしたり、見つめあったりするようになる。


光太の目を意識するようになった梨花は、
外回りの帰り道に、
ふと立ち寄ったショッピングセンターの化粧品売り場で、
化粧品を買おうとする。
が、現金が足りないことに気づいた梨花は、
顧客から預かったお金の内の1万円に手を付ける。
銀行に戻る前にすぐに自分の銀行口座から1万円を引き出して袋に戻したが、
このことが、タガが外れていく発端になろうとは、
梨花自身も知る由もなかった。


ある夜、
勤め帰りの駅のホーム越しに、光太と遭遇する。
梨花はみずから光太に歩み寄り、じっと見つめる。
そして、ラブホテルへ。
こうして、二人は、逢瀬を重ねるようになる。

学費のために借金をしているという光太に、梨花は、
「顧客からの定期の申し込みがキャンセルになった」
と、200万を渡す。
さらに顧客から預かった300万を自分の通帳に入れ、
自宅で定期預金証書や支店印のコピーを偽造する。
やがて、光太と一緒に、
高級ホテルやマンションで贅沢な時間を過ごすようになり、
横領する額も、日増しにエスカレートしていく。
上海に赴任するという夫には同行せず、
光太との愛欲生活にまみれていく梨花。
だが、光太に若い女の影がちらつきだし、大学も辞めるなど、
光太の行動にも変化が現れるようになり、
二人の生活にもほころびが見え始める。
そんな折、隅より子(小林聡美)が、
銀行内で不自然な書類の不備が続いていることに気づく……


原作は、直木賞作家・角田光代の同名小説。
かの傑作映画『八日目の蝉』(2011年)と同じく、
角田光代の原作であったし、
監督が、
『パーマネント野ばら』(2010年)
『桐島、部活やめるってよ』(2012年)
の吉田大八だったので、かなり期待して見に行った。

で、見た感想はというと……
まずは、やや疑問に思った点から。
それは、原作や、TVドラマ(2014年1月7日より2月4日まで全5回、NHK総合テレビジョン「ドラマ10」枠にて放送された。主演は原田知世)に比して、ストーリーが単純であったこと。
原作本やTVドラマに比べ、
登場人物も少なく、物語も単純化され、
銀行で働き始めた契約社員の主婦が、
年下の大学生と出逢って深い仲になったことで、
顧客のお金に手を付け、
それが巨額の横領事件へと発展していく……
という、これまで何度も目にしてきたような、
手垢のついた、ごくありふれたストーリーになってしまっていたのだ。
だから、作品そのものに新鮮味がなく、
物語としての面白みに欠ける作品となっている。
映画なので、
約2時間という尺に収めなければならないという制約があるから、
いろんな部分を削ぎ落として単純化しなければならないのだろうけれど、
同じ角田光代原作だった映画『八日目の蝉』は、
それほど単純化せずに、濃縮された内容で、傑作と呼べる作品になっていた。
それに比べ、『紙の月』の方は、
ただ単に、内容が薄っぺらいものになっていたように感じたのだ。

もちろん、それには理由があると思う。
一番の理由は、やはり、主演に宮沢りえを据えたこと。
吉田大八監督は、宮沢りえへの思い入れが、
宮沢りえへの惚れ具合が、半端ないなと思った。
この作品で、宮沢りえに、
いろんな映画賞の最優秀主演女優賞を獲らせるのだという、
意気込みというか、使命感というか、
必死さを感じてしまった。
登場人物を多くして、物語を複雑にすると、
主演である宮沢りえが霞んでしまう。
「宮沢りえのための映画」である為には、
物語を単純化して、主演である宮沢りえを目立たせ、
出演シーンを多くする必要がある。
スーローモーションを多用し、
この世に宮沢りえしかいないような雰囲気を創り出す。


このように主演の宮沢りえを特化させることにより、
物語としては凡庸なものになってしまったが、
「だから映画がつまらないものになっている」かというと、
そうはなっていないから、不思議だし、面白いのだ。
吉田大八監督の演出力もさることながら、
やはり、宮沢りえの演技力が、
凡庸な物語を、そうとは感じさせない作品にせしめている。


宮沢りえは、1973年4月6日生まれだから、現在41歳。(2014年11月23日現在)
若くは見えるが、
若いわけではないので、
ほうれい線もくっきり見えるし、
シワだってある。
それでもなお、カッコイイのだ。
ラスト近くで、走るシーンがあるのだが、
その走る姿でさえカッコイイ。
もっと無様であってもいいと思うのだが、
宮沢りえが演ずると、すべてが格好良く見える。
そこが、宮沢りえのスゴイところであるし、
ある意味、女優としての今の彼女の限界なのかもしれない。
宮沢りえは、この映画『紙の月』で、
多くの映画賞の主演女優賞にノミネートされるであろうし、
いくつかの最優秀主演女優賞を獲ることだろう。
だが、私の本音から言えば、
もっと作品として優れた「傑作」と呼べる映画で、
最優秀主演女優賞を獲ってほしい気がする。
それだけの力を備えた傑出した女優と思うからだ。


吉田大八監督は、
宮沢りえの魅力を引き出すために、
原作にない二人の人物を映画に登場させている。
厳格なベテラン事務員の隅より子(小林聡美)と、
窓口係・相川恵子(大島優子)だ。
特に、隅より子を演じた小林聡美が、
宮沢りえと同じくらい、いや、それ以上に良かったと思う。
梨花と対照的な生き方をしてきた隅より子が、
梨花をジワジワと追い詰めていき、
ラスト近くで対峙するシーンは、
この作品での名場面のひとつと言えるだろう。
小林聡美の存在感は圧倒的であったし、
小林聡美もまた、多くの映画賞で、
助演女優賞の候補にノミネートされ、注目されることであろう。


原作にないもうひとりの人物、
相川恵子を演じた大島優子も良かった。
TVドラマや映画での演技は観て知っていたので、
あまり期待せずに(これまではそのレベルだったので)見たのだが、
演技は想像以上だったと言える。
梨花が横領犯となっていく道程において、
ジョーカー的な役割の配役であったが、
小悪魔的な魅力溢るる演技で、素晴らしかった。
女優としての今後の彼女の可能性を大いに感じさせられた。


この他、
梨花の顧客で裕福な独居老人の平林を演じた石橋蓮司や、


平林の孫で、大学生の光太を演じた池松壮亮が、


実力通りの演技で作品を締めていた。

このレビューを書くにあたって、
「やや疑問に思った点」から書き始めたのだが、
最後はなんだか褒める言葉が多くなったような気がする。(笑)

映画の中で使われるBGMも秀逸で、
見て損をする映画ではない。
宮沢りえと、
小林聡美の演技は、
今年の収穫として、むしろ見ておくべきであろうと思われる。
映画館で、ぜひぜひ……

九州オルレ(武雄コース) ……晩秋の武雄コースは、紅葉満喫コースだった……

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今日は、ヤスさんとの山歩きの日。
午後から雨との予報だったので、
雨が降っても楽しく歩くことのできるプランを考えた。
それが、九州オルレ(武雄コース)。


ヤスさんとは、これまで、
(天草・松島コース)と(宗像・大島コース)を歩いている。
(武雄コース)については、
私ひとりでは、2013年01月31日に歩いているが、
ヤスさんは、まだ歩いたことがなかった。
かねてよりリクエストされていたので、
よい機会だと思った。
私は、これまで、
(天草松島コース)、(宗像・大島コース)の他に、
(唐津コース)、(平戸コース)、(嬉野コース)も歩いているが、
(武雄コース)がいちばんハードだったような気がする。
ヤスさんには、
「これまでの九州オルレよりも、ちょっとキツイかも」
とだけ連絡しておいた。

九州オルレ(武雄コース)のゴール地点近くの駐車場に車を駐め、
スタート地点がある武雄温泉駅へ向かう。
(武雄コース)の最後に待ち構えている難所「桜山」が見えた。
カッコイイ岩山だ。


朝市が行われている通りを抜けて歩いて行く。


九州オルレ(武雄コース)のスタート地点は、
武雄温泉駅の構内にある。


7:24
スタート地点を出発。




公園にあった蒸気機関車。
前回も写真を撮ったが、また撮ってしまった。(笑)


公園内の落葉が美しかった。


見上げると……
いいね~


歩道橋を渡る。
御船山が見えた。
この九州オルレ(武雄コース)は、
御船山をいろんな角度から眺めるコースでもある。


反対側に見えるのは、「鬼ノ鼻山」。
左奥に見えるのは、「天山」。


今日のリーダーは、ヤスさん。
目印のカンセやリボンを探しながら、
慎重にコース取りをしている。
「こちらに向かいます」


武雄川沿いの道は、とても素敵だ。
「今日、本当に雨が降るんですかね~」
と、ヤスさん。


白岩運動公園の方へ入って行く。


この時点では、まだ青空が見えていたが、
以後、急激に雲が広がってくる。


雰囲気の好い道。


「武雄の市街地のすぐ近くに、こんな場所があるなんて、ビックリです」
とヤスさん。


白岩運動公園展望所に着き、眺めを楽しむ。
遠くに、八幡岳が見えた。


右に目を転ずると、天山も見えた。


陸上競技場の横を歩いて行く。
ここから見る御船山もカッコイイ。


8:15
貴明寺を通過。


ほほえみ地蔵がカワイイ。


ヤスさん、この辺りで、オルレの目印を見失う。


ほどなく目印を見つけ、池ノ内湖の方へ進んで行く。


美しい池ノ内湖の眺め。


湖の淵も紅葉に彩られていた。


8:49
佐賀県立宇宙科学館の裏側を通過。


素晴らしい雰囲気の道を歩いて行く。


9:09
山岳遊歩道へ入って行く。


池に架かっている浮橋を渡る。


池沿いの道も素敵だ。


本格的な山道となる。


「武雄の市街地の近くに、こんな山道があるなんて……」
と、ヤスさんは、同じ言葉を何度も呟いていた。


「いや~、キツイ坂道ですね~」
とヤスさん。
「ヤスさん、ちょっと歩みを止めて、右側を眺めてみて……」
と私。


「おお~、素晴らしい~」
とヤスさん。


尾根に出て、向う側を眺める。
御船山がまた違った角度から眺められた。


振り返ると、こんな風景。
「何度も言うようですが、武雄の市街地にすぐ近くに、こんなに山があるなんて、まったく知りませんでした」
と、ヤスさん。


その後も山道が続き、


9:38
やっと車道に出る。




9:43
車道から、右折。
再び、山道へ入る。


一旦下り、登り返す。


急坂を登るヤスさん。
「いや~、タフなルートですね~」


「ここは本当に市街地の中なんですかね~」
と、ヤスさん。
驚きの連続であるようだ。


やっと、町へ下りてきた。


天満宮から、また少し登らなければならない。
紅葉と、黄葉の落葉。
美しい~


いいね~


落葉の階段を登ると、


黄葉の絨毯が待っていた。
「うわ~」としか言葉が出てこない。


再び、陸上競技場の横を通り、
黄葉を眺めながら、


武雄市文化会館へ入って行く。


途中から庭園の方へ左折。
ここでも素晴らしい紅葉が我々を迎えてくれた。




武雄市立図書館横の駐車場に出る。


右折し、御船山の方へ歩いて行く。


10:38
武雄神社に到着。
先日、この神社で、私の孫娘の七五三を済ませたばかり。


神社の奥の、紅葉の道を歩いて行き、


美しい竹林を抜けると、


「武雄の大楠」(全国第6位の巨木)が……
樹齢3000年。幹周20m。樹高30m。
パワースポットとしても有名で、
西野カナさんも来たことがあるとか。


武雄神社から県道330号線に戻り、
しばらく歩いて右折。
迎田緑地の紅葉が素晴らしかった。


市街地で、これほどの紅葉・黄葉を見ることができるとは……


感動の連続であった。




再び、山道。
「いや~、タフなルートです」
と、ヤスさん。


登った先に待っていたのは、「塚崎の大楠」。
落雷により、上部がなくなってしまったとか。
それでも、かなり大きい。


大楠の中に入って、上を見る。
屋久島のウィルソン株を思い出す。


再び市街地へ出て、
国道34号線を横切り、
長崎街道の方へ。


10時半頃から降り出した雨が、次第に強くなってきた。
ヤスさんはレインウェアを装着し、
私は傘をさして歩く。


長崎街道を抜け、


楼門が見える所まで来るが、


その少し手前から左折。
桜山へとりつく。
「最後に山登りが待っているなんて、罰ゲームみたいですね」
とヤスさん。


だが、罰ゲームどころか、
桜山は、素晴らしい紅葉で我々を迎えてくれた。


雨が強く降る中での撮影でも、これだけ美しいのだから、
もし晴れていたら、悶絶していたかも……(笑)


それにしても素晴らしい。






途中、眺めも楽しめた。
ここから見る御船山もなかなか好い。


その先も、紅葉の道が続く。


いや~スゴイ、スゴイ。


桜山が、こんなに紅葉が美しい山だとは知らなかった。


桜山ならぬ、モミジ山だ。
「来年は、晴れた日に、必ず来てみよう」と思った。


さらにしばらく登り、


山頂の岩が見えた所から、下り始める。


雨に煙る武雄温泉。


登山道の落葉も美しい。




桜山は、最後の最後まで、我々を楽しませてくれた。




12:05
九州オルレ(武雄コース)のゴールに到着。
約4時間40分の歩き旅であった。




「タクさん、傘に落葉が乗ってますよ」
と、ヤスさん。
桜山で紅葉のトンネルを歩いていたときのものだろう。


今日は、思いがけず、紅葉をいろんな場所で楽しむことができた。
ヤスさんにも大満足して頂いたようだ。
5時間ちかく歩いたのに、まだ正午。
今日も「一日二毛作」だ~

天山 ……大好きな近くの山で、プチ雪山、プチ霧氷、プチ氷瀑を楽しむ……

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12月に入って、急に寒くなった。
天山もそろそろ積雪しているのではないか……と思い、
今日、さっそく登ってきた。

その前に……

今年の9月中旬、
地元紙に次のような記事が載った。(要約)

富士山頂に設置されている書聖・中林梧竹筆の「鎮國之山」銅碑の複製が、
小城市歴史資料館の駐車場に仮設置されている。


飲料メーカー「カルピス」(本社・東京都)の旧本社敷地内に設置されていた碑を、
同市が譲り受けたもので、
市文化課は「本物と変わらない貴重なもの」と話している。
「鎮國之山」碑は、1898(明治31)年、
当時72歳の梧竹が国の平安を祈って、富士山頂に建立。


その後、落雷で破損し放置されていたものを、
同社の創業者・三島海雲氏が1968(昭和43)年に再建した。


今回寄贈された複製は、再建時に併せて製造されたもので、
同社旧本社に長く設置されていた。
碑は高さ142センチ、幅60センチ、奥行き31センチの銅製で、
御影石製の台座に据え付けられている。
市は年内にも本設置場所を決め、移設したい考え。
江里口市長は「天山9合目にある天山神社上宮や小城公園などいくつか候補地があるので、どこが一番いいか慎重に検討したい」と話している。

どこに設置されるのだろうと注目していたのだが、
11月20日、Y紙に次のような記事が載った。(要約)

1898年、
小城市出身の書家中林梧竹(1827~1913年)が揮毫し、
自ら寄付を募って富士山頂付近に建てた「鎮國之山」碑の複製が、
11月19日、同市などにまたがる天山8合目の駐車場に設置された。
地元関係者らは、
「富士山に魅せられた悟竹の思いがふる里に戻ってきたようだ」
と喜んだ。
小城市によると、
富士山に魅せられた梧竹は、建設許可なども自ら取得して碑を設置。
その後、風雨にさらされるなどして倒壊したが、
富士山を愛する飲料メーカー「カルピス」の創業者・三島海雲さんが、
1967年に再建。
梧竹ファンでもあった三島さんはその際、
複製も作って社の敷地の一角に設置していた。
昨年、同社が複製を所蔵していることを市が知り、寄贈してもらった。
除幕式には、関係者ら約40人が出席。
同社の山田藤男社長は
「景色のよいいい場所に建ててもらった。梧竹も三島さんも喜んでいると思う」
と話していた。


「鎮國之山」の碑は、私がよく利用する上宮駐車場に設置されたとのこと。
で、その「鎮國之山」の碑とやらを見たいと思った。

上宮駐車場に着くと、
登山口の横に、
その「鎮國之山」の碑が見えた。


「おお、これか~」
と碑のそばに寄る。


なかなか立派な銅碑である。


富士山頂にある銅碑と同じものが、
天山にもあるというのが、なんとも嬉しい。




銅碑の横には、中林梧竹の歌碑もあった。
あら嬉しふるさと
ちかくなりにけり
くもまに見ゆる
小城のあめ山


天山に来られた際は、
最短で登れるからと、天川登山口ばかりではなく、
ぜひ、上宮登山口の方へ。


「鎮國之山」の碑については、これくらいにして、
さあ、登り始めよう。
上宮駐車場にはまったく車はなく、
そして、雪もなかった。
はたして山頂は……
わくわくしながら、出発した。


上宮の池は、凍ってはいなかったが、


四阿の屋根には、


ツララが……


上宮から少し歩いた所に、倒木があったが、
そのままの姿で、今日もそこに横たわっていた。


雪が目立つようになってきた。


いつもの場所で写真を撮るが、天山山頂は見えず。


あめ山分岐を通過。


登山道には、小動物の足跡のみ。
人の足跡はまったくなかった。


私の足跡だけが雪に刻まれていく。


あめ山分岐からしばらく登った辺りで、
プチ霧氷を発見。


くじゅうなどでは、普通に見られる霧氷だが、
標高が1000mちょっとの天山では、
気温、湿度、風速など、
いろんな条件が揃わなければ見ることができない。
「ラッキー」と思いながら登っていたら、
マツの葉が白くなっているのが見えた。


マツの葉にも霧氷ができていた。


いいね~


美しい~


段になった岩には、プチ氷瀑ができていた。


こちらもいいね~


山頂に着くと、一面の雪。
嬉しい~


「天山」と彫られた石碑には、


プチ・エビの尻尾が……






美しい模様を描いている。












彫られている文字にも、プチ・エビの尻尾が……


さあ、稜線散歩へ。


たった一人の山。


なんという贅沢。


稜線にも、霧氷がたくさん。








ノートレースの道をゆっくり歩いて行く。


タンナトリカブト、


ムラサキセンブリ、


イタドリ、


ヒメアザミ、


ホソバノヤマハハコ、


マツムシソウ……
花期を終え、枯れ、姿を変えてしまったが、
それぞれに趣がある。


天山南壁。


いつもにも増して、険しい。(笑)


さあ、そろそろ戻ろうか……


山頂へ戻る道も、霧氷を楽しみながら歩いて行く。




誰もいない。


すべて、独り占め。


近くの山で、こんなに霧氷を楽しめるなんて……


来て良かった~


山頂に戻っても、誰もいなかった。


さあ、下山だ。


上宮駐車場に戻ってくる。
だが、私が出発したときのまま。
今日、天山に登ったのは、私だけかもしれない。


下界の人たちは、
天山山頂に別世界があることを知らないんだろうな~
今日も「一日の王」になれました~


※初冠雪について
私が登った12月3日(水)には、ご覧のように天山はすでに冠雪していた。
だが、気象庁は、翌日(12月4日)を初冠雪と発表した。
なぜか?

【初冠雪の観測】
気象庁では、冬季の積雪は通常積雪計を用いて実際に雪が堆積した厚みを計測する。しかし、初冠雪は麓にある気象台や測候所から対象となる山の頂を眺め見て、山頂が白くなっていることを確認して初冠雪とする。時刻までは計測しておらず発表されるのは日単位である。機械計測は行なっておらず目視観測であるため、雲などによって山頂が目視できない場合たとえ山頂に積雪が生じたとしても麓から視認できず、雲が晴れるなどして山頂が見えるようになった後日になってから初冠雪が観測されるというタイムラグが発生し得る。(ウィキペディアより)

そう、私が登頂した12月3日は、
山頂は雲に覆われていて、麓からは見えなかったのだ。
麓から見えた12月4日が初冠雪の日となったのだった。

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