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映画『ハナレイ・ベイ』 ……吉田羊の代表作となるであろう傑作……

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2005年に発表された村上春樹の短編小説集『東京奇譚集』に収録された同名小説を、


吉田羊、佐野玲於、村上虹郎のキャストで実写映画化したものである。


監督は、『トイレのピエタ』の松永大司。


村上春樹の小説は既に読んでいたし、
好きな吉田羊の主演作なら見たいと思っていた。
で、映画公開から数日後、
会社の帰りに、映画館へ駆けつけたのだった。



家の中で、電話の音が鳴り響く……
シングルマザーのサチ(吉田羊)は、


息子タカシ(佐野玲於)が、ハワイのカウアイ島にあるハナレイ・ベイで、


サーフィン中に大きなサメに襲われて亡くなったという知らせを受ける。
ハナレイ・ベイに飛んだサチは、
タカシと無言の対面を果たす。
火葬にし、遺骨を手に、帰国するために空港へ向かうが、
直前で思い直す。
そして、一週間、ハナレイの町に滞在する。
コテージを借り、そこで自炊しながら暮らしたのだ。
昼間は、息子が亡くなった浜へ向かった。
海を前にチェアに座り、本を読んで過ごした。


それ以来、タカシの命日の時期になると、サチは毎年ハナレイ・ベイを訪れ、
同じ場所にチェアを置いて数週間を過ごすようになった。


息子が亡くなって10年後のある日、
サチは2人の若い日本人サーファー・高橋(村上虹郎)と三宅(佐藤魁)と出会う。
無邪気にサーフィンを楽しむ2人の若者に、




19歳で亡くなった息子の姿を重ねていくサチ。
そんな時、2人から、
「赤いサーフボードを持った、片脚の日本人サーファーを何度も見た」
という話を聞かされる。


戸惑いつつも、サチは決意する。
もう一度、息子に会うために……



結論から先に言うと、「傑作」であった。
まず、冒頭の“映像”と、(音楽を含めた)様々な“音”に魅了された。
そして、セリフは少ないのに、
吉田羊の持つ表現力に圧倒された。
語らずとも、その存在感や目力などで、鑑賞者を釘付けにするのだ。
吉田羊は遅咲きの女優で、
2016年6月25日公開の黒木瞳初監督作品『嫌な女』で映画初主演(木村佳乃とのダブル主演)、
今年(2018年5月11日)公開の鈴木おさむ初監督作品『ラブ×ドック』で映画単独初主演を果たしたが、
吉田羊ファンとしては、ちょっと不満が残った。
〈まだ、代表作と言えるような主演作ではない……〉
と。
そして、本作『ハナレイ・ベイ』を鑑賞して、
〈ようやく、吉田羊の代表作に出逢った〉
と思った。
それほど優れた作品であった。

原作の小説は既読であったが、
読んでからかなりの年月が過ぎていたので、
映画を見る前に、再読した。
(単行本で)35頁ほどの短編で、正直、
〈これが長篇映画になるのだろうか……〉
と思った。
1行目に、

サチの息子は十九歳のときに、ハナレイ湾(ベイ)で大きな鮫に襲われて死んだ。

とあり、
いきなり物語の核心部が語られている。
以降も、簡潔な文章で、余分なことが書かれていない。
人物描写も少なく、登場人物に関しての情報も少ない。
そんな小説を脚本化(脚色)した松永大司監督を、まずは褒めたい。
最初は村上春樹の原作であることに引っぱられたそうだが、
実際にカウアイ島の美しい湾、ハナレイ・ベイへ足を運び、
現地の人たちの生活に触れたことで、映画独自の脚本のアイデアを得たとか。
原作にはない、火葬前に手形をとるエピソードなどを加え、
村上春樹の作品世界を壊すことなく、実に上手く映画として成り立たせている。
脚本だけでなく、松永大司監督の演出も見事で、
これまでの映画では見たことのない吉田羊を見ることができた。


クランクインの日から松永大司監督の激しいダメ出しに遭い、
打ちのめされたと語る吉田羊。

誤解を恐れずに言うならば、私は今回、役作りをしていないんです。役を作るのではなくて、私の中にあるサチを引き出すという作業をしたんです。私にサチを引き寄せるのでも、私から近づいていくのでもなく、まったく新しい感覚の不思議なアプローチをさせていただきました。
通常は脚本を読んで演じる人物の日常生活を想像しながら役を作ります。たとえばお茶を飲むときにこの人は器に手を添えるだけで口に運ぶのか、包み込むように持つのか、これは見えることとして小さな違いだけれど、飲み方ひとつで性格の違いが出ます。そんな細かい日常から人物を見せることを一番大事にしています。(『キネマ旬報』2018年11月上旬号)

とは言うものの、
先ほど述べたように、原作の人物に対しての情報量は少ない。

サチはそれから毎日、朝早くから暗くなるまで、長いビーチを何度も往復して歩いた。
(単行本75頁)

という一行のために、映画ではサチ(吉田羊)が長時間浜辺を彷徨う。
ロケでは、松永大司監督はなかなかOKを出さなかったという。
灼熱の浜辺をいつまでも歩き続ける吉田羊。
現地のスタッフが、
「このまま続けたら彼女が倒れてしまう」
と監督に意見するほどであったらしい。
映画の映像で見る吉田羊も汗だくで、
もはや、これまで見てきた女優・吉田羊ではなくなっており、
彼女の中から引き出されたサチが、
ドキュメンタリーを見るように我々の前を通り過ぎて行くのだ。


そして、ラスト近くの、サチ(吉田羊)が慟哭するシーン。
これも、

サチは長いあいだ濡れた枕に顔をうずめ、声を押し殺していた。
(単行本76頁)

の1行だけなのだが、
この1行のために、
吉田羊は、女優生命をかけてこのシーンを撮りきる。

脚本でもト書き一行で終わっています。こんな大事なことがほんの一文で終わってしまうの? セリフが少ないうえに、感情を吐露する場面もほとんどなかったので撮影中は何度も悩んだし、これをやり終えたら私は女優をやめるかもしれないと感じるくらい、サチは本当に手強い役でした。(『キネマ旬報』2018年11月上旬号)

カメラが回っていないところでも24時間サチでいないと、
すぐに吉田羊に戻ってしまいそうだったので、
マネージャーも同行させずに一人でハワイに乗り込んで、
共演者も基本的にはシャットアウトして、
ロケ中も、閉ざされた世界で過ごすようにしていたとか。
その甲斐あって、本作で見る吉田羊は、
選ばれた者だけしか持ちえないようなオーラを放っている。


本作を特別な作品にしているのは、
そんな吉田羊の能力を引き出した松永大司監督の演出力と、
忘れられないほど鮮烈な印象を残す映像で魅せる近藤龍人の撮影力であった。


カメラマン・近藤龍人については、
これまでもこのブログで何度も言及しているので、
ご存じの方も多いと思うが、
私が、今、最も優れていると思っている映画カメラマンである。
それは何故かと言うと、
私が「傑作」と思う作品の多くが、近藤龍人によって撮られているからである。


『天然コケッコー』(山下敦弘監督)
『パーマネント野ばら』(吉田大八監督)
『海炭市叙景』(熊切和嘉監督)
『マイ・バック・ページ』(山下敦弘監督)
『桐島、部活やめるってよ』(吉田大八監督)
『横道世之介』(沖田修一監督)
『四十九日のレシピ』(タナダユキ監督)
『そこのみにて光輝く』(呉美保監督)
『私の男』(熊切和嘉監督)
『バンクーバーの朝日』(石井裕也監督)
『ストレイヤーズ・クロニクル』(瀬々敬久監督)
『オーバー・フェンス』(山下敦弘監督)

などなど、多くの優れた監督から声がかかり、
素晴らしい映像を残しているのだ。
今年(2018年)、第71回カンヌ国際映画祭で、
最高賞のパルムドールを受賞した『万引き家族』も、
カメラマンは近藤龍人であった。
近藤龍人が撮影を担当したからこそのパルムドール受賞であったと私は思っている。

そんな近藤龍人が、
本作『ハナレイ・ベイ』でも、素晴らしい映像で我々を楽しませてくれる。
主演女優(吉田羊)が良くて、
演出(松永大司)が良くて、
映像(近藤龍人)が良ければ、
「傑作」になるしかないのである。
映画館で、ぜひぜひ。

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