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映画『アンダー・ユア・ベッド』 ……高良健吾と西川可奈子の覚悟が生んだ傑作……

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佐賀のシアターシエマは良質な映画ばかりを上映する映画館である。
シアターシエマで上映予定の映画は、
(見る、見ないにかかわらず)あらかじめ内容をチェックしている。
『アンダー・ユア・ベッド』は、
そのシアターシエマで上映予定リストに掲載されている段階で知った。
恋した女性を監視するためベッドの下に潜り込む男の物語で、
(私が高く評価している)高良健吾が主演しているという。
この時点で、本作『アンダー・ユア・ベッド』を見ることを決めた。
(2019年)7月19日に公開された作品であるが、
佐賀ではシアターシエマで、9月6日から上映が始まり、
先日、ようやく見ることができたのだった。



雨の日の無人のエレベーター。
誰かの香水の香りが残っている。
三井直人(高良健吾)はふいに思い出す。
今から11年前、
大学の講義中に、
「三井くん」
と名前を呼んでくれた佐々木千尋(西川可奈子)のことを……


親からも、学校のクラスメイトからも、誰からも名前すら憶えられたことのないこの俺を、


「三井くん」
と呼んでくれた時のことを……


あの日、
講義後に千尋を喫茶店に誘い、
彼女が好きだというマンデリンのコーヒーを飲み、


飼育しているグッピーを分けてあげる話をしたのだった。


三井は人生で唯一幸せだったこの時を思い出し、
〈もう一度名前を呼ばれたい〉
という一心で、
興信所に依頼し、現在の彼女の自宅を探し出す。
そして、近くにいられるよう引っ越し、
観賞魚店をオープンさせた。


しかし、目の前に現れた千尋に、あの日のキラキラとした眩しい面影はなく、
今にも消え入りそうな虚ろな表情の変わり果てた姿になっていた。
数日後、千尋が店に来店する。


当然、三井のことは覚えていなかったが、
「グッピーを飼ってみたいけれど、水槽が高額で買えない」
という千尋に、
「傷ものの水槽があるからタダであげる。エサを時々買いに来てくれればいいから」
と言って、水槽を設置するために千尋の家に初めて入る。
無断で千尋の家の合鍵を作った三井は、
留守を見計らい定期的に潜入し、寝室のベッドに盗聴器を仕掛け、盗聴する。


そして、窓越しに望遠レンズで盗撮し、
近くから監視する毎日が始まった。


だが、見えてきたものは、
夫・浜崎健太郎(安部賢一)から激しいDVを受ける凄惨な姿であった……



鑑賞後、「傑作」だと思った。
原作が大石圭の角川ホラー文庫ということで、


異常で変質に狂った男の物語だと勝手に思っていたのだが、
意外にも孤独で繊細な男の物語で、
共感はできないものの、
男の女性に対する想いは理解することはできた。


親からも、学校のクラスメイトからも、誰からも名前すら憶えられたことのない男は、
石の下にいる虫に例えられる。


石の下にいる虫は誰にも見えないし、その存在さえ知られていない。
石の下の虫である男は、
今度は、ベッドという石の下に身を潜める。
客観的に見れば、ストーカー的行為であり、
犯罪であり、許されないことなのだが、
この常軌を逸した行為を、本作は実に丁寧に撮っている。


監督・脚本は、安里麻里。


女性ならではのキメ細やかな演出で魅せる。

【安里麻里】
1976年生まれ沖縄県出身。
黒沢清、塩田明彦の助監督を経て、
2004年『独立少女紅蓮隊』で劇場長編映画デビュー。
2005年『地獄小僧』フランクフルト映画祭出品。
その後、テレビドラマにも進出。
2009年『呪怨 黒い少女』を監督。
2014年『バイロケーション』ではミステリーと人間ドラマを融合させ、
ウディネ極東映画祭、ストックホルム国際映画祭などへ出品され、国内外で称賛を浴びる。
その他、大ヒットシリーズの三連作『リアル鬼ごっこ3 ・4・5』(2012年)、
『劇場版零~ゼロ~』(2014年/ストックホルム国際映画祭出品)、
『鬼談百景』(2015年/「影男」「尾けてくる」)、
『氷菓』(2017年/富川国際ファンタスティック映画祭出品)など。


安里麻里監督の前作『氷菓』は、
このブログにレビューも書いているのだが、(コチラを参照)
高校生が主人公の学園ミステリーだったので、
作品の質の違いに驚かされた。
しかし、安里麻里監督がそれ以前に手掛けた作品を見ると、
ホラー系の作品の演出を得意としており、
むしろ、本来の安里麻里監督作品に戻ったと言えるのかもしれない。

大石圭の原作ホラー小説を、
安里麻里監督は、純文学的に脚色し、
江戸川乱歩の「屋根裏の散歩者」や「人間椅子」、
谷崎純一郎の「悪魔」や「続悪魔」などを想起させる物語に仕上げている。
この脚本が秀逸で、
それが現実なのか、単なる妄想なのか、判断が難しいシーンが多く、




最後まで予断を許さない展開で、見る者の目をくぎ付けにする。
三井も千尋も心情的に救われる(原作と異なる)ラストも用意されており、
千尋が三井に掛ける最後の一言が、いつまでも耳に残る。



本作『アンダー・ユア・ベッド』を傑作たらしめている要因は、
安里麻里監督の脚本、演出の他に、
やはり高良健吾の繊細な演技が挙げられるだろう。


単なる変質者、ストーカーではない、
見る者に共感はできなくとも、
理解はできるような主人公像を作っている点で、
かなりの高評価ができると思う。
某インタビューでの、
「三井の行動に共感や理解できる部分はありましたか?」という問いに、
高良健吾は、次のように語っている。

僕は“共感”と“理解”は別のことだと思っています。で、役に対して共感が出来る、出来ないっていうのは役を演じるにあたって大きな問題ではないと思うんですよね。ただ、理解出来るか出来ないかっていうのは結構大事なのかなと思います。
理解はできます。色んな人が理解できると思う。一歩間違えれば三井と同じような行動をしてしまうかも知れないことって沢山あると思います。

誰かを好きになった時点で、
誰しも、ある意味、ストーカーになる。


しつこく追いかけたり迫ったりしたとき、
相手が好意を示してくれれば恋愛になるし、
相手が嫌悪感を抱けばストーカー行為となる。


“純粋”と“狂気”は、紙一重の間柄にある。
好きになるということは、
“純粋”と“狂気”の両方を孕んだ状態であり、
片側が“純粋”、片側が“狂気”という切れ落ちた谷間であり、
その“純粋”と“狂気”の間のナイフリッジをつま先立ちで歩くような危うさを、
高良健吾は巧く表現していた。


特に、
ベッドの下に身をひそめる前に、
大人用の紙オムツを装着するシーンは、
主人公である三井の覚悟と共に、高良健吾の覚悟も感じられ、
秀逸であった。



三井が好きになる千尋を演じた西川可奈子。


彼女もまた、
本作『アンダー・ユア・ベッド』を傑作たらしめている一人である。
彼女なくして、傑作は生まれなかったと断言できる。

【西川可奈子】
大阪府出身。
2007年初舞台以後、
小劇場を中心に25作品の主にヒロインとして活躍後、
2015年よりテレビ、映画など映像作品を中心に活躍。
主な出演作にTBS『ホテルコンシェルジェ』(2015年)、
CX『セシルのもくろみ』(2017年)、
『ホワイトリリー』中田秀夫監督(2017年)、
NHK『西郷どん』(2018年)、
『Single mom優しい家族』松本克己監督(2018年)など。
『私は絶対許さない』和田秀樹監督(2018年)では、
マドリード国際映画祭主演女優賞ノミネートされ、今後の活躍に期待が高まる注目女優。

千尋を演じた西川可奈子はオーディションで選抜されており、
安里麻里監督は、舞台挨拶のときに、

魅力的な方が何人もいて本当に悩んだんですけど、西川さんの中のあどけなさが刺さったんです。どんなに過酷なことがあっても子供っぽさのようなものが残っていて、永遠にすれない部分を彼女に感じたので決断しました。

と語っていたが、
大学生の頃のあどけなさが残った笑顔が印象的で、


その後の、過酷な結婚生活を過ごしているときの悲しみに沈んだ顔の対比が見事だったし、


夫からのDVを受けるシーンなどにも覚悟が感じられ、感嘆した。
『岬の兄妹』の和田光沙と共に、
第6回「一日の王」映画賞(2019年公開作品)の最優秀主演女優賞の有力候補の一人となった。



本作を鑑賞するには、ある程度の覚悟は必要であろう。
R18+であるし、
暴力、性描写も過激である。
その理由を、

三井という人間の孤独を描きたかったから……

と語る安里麻里監督は、続けて、

孤独な人間だからこその純真さ、他の人から見たら本当に小さなことでも、この男にとっては強烈な幸せ。そこに感情を持っていくためには、リアリティのある痛みや暴力は避けて通れないものでした。

と語る。
三井の“愛”は、千尋に対する身勝手な“愛”かもしれないが、
〈もう一度名前を呼ばれたい〉
という、ただそれだけの想いから生じる三井の行為は、
千尋との究極の(極限の)ラブストーリーにも思えた。
映画館で、ぜひぜひ。

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