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昔、『月とキャベツ』(1996年12月21日公開)という映画を見たことがある。

バンド時代にカリスマ的人気を博したが、今は隠遁生活を送るミュージシャンと、
ダンサー志望の少女との、出会いと別れを寓話的に描いたラブ・ストーリーで、

監督は篠原哲雄。
主人公の花火をミュージシャンの山崎まさよしが演じ、
謎の少女・ヒバナを真田麻垂美という新人女優が演じた。
山崎まさよしが映画音楽も担当し、
主題歌として用いられた「One more time, One more chance」は、
映画公開から1ヶ月後の1997年1月22日に発売され、ロングヒットとなり、
山崎の初期の代表作になったことでも知られている。
当時、私は、
『月とキャベツ』というその映画で、
謎の少女・ヒバナを演じた真田麻垂美という女優に魅せられた。

清楚で、まだ何色にも染まっていないという感じがして、
将来が期待できる女優だと思った。

だが、真田麻垂美は、
その後、数作の映画とTVドラマに出演しただけで、
2001年より休業してしまう。
以来、彼女の噂はほとんど聞かれなかった。
それが、一昨年(2017年)、
ユン・ソクホ監督作品『心に吹く風』(2017年6月17日公開)という映画で、
16年ぶりに女優復帰を果たしたのだ。
だが、上映館が極端に少なく、
佐賀での上映館がないというだけではなく、
九州でも1館のみの上映ということで、鑑賞する機会を逸し、
これまで見ることができないでいた。
このブログの映画レビューは、
「映画館で鑑賞した作品のみを対象とする」
ということを基本ルールにしていたこともあって、
DVDなどで鑑賞することをあえて避けていた。
それが、先日、
エル・ファニングを見たさに、
(九州で1館の上映もなかった)『ガルヴェストン』をDVDで鑑賞したことで、
基本ルールを見直すことにした。
(「九州で」というのはあんまりなので)佐賀県での上映館がなかった場合、
DVDやネット配信で鑑賞した作品も「良しとする」ことにしたのだ。
今後、
世界最大手の有料動画配信サービス会社Netflixのように、
インターネット配信によってのみ視聴できる“映画”も増えていくことだろうし、
このブログでもレビューを書いた『ROMA/ローマ』のように、(コチラを参照)
国際的な映画賞を受賞する作品も出てくることだろう。
スマホで映画鑑賞をする人が増えている時代に、
もはや「映画館での鑑賞」にこだわっている場合ではないのだ。
ということで、
真っ先に鑑賞した作品が、
本日紹介する『心に吹く風』なのである。
ユン・ソクホ監督といえば、
TVドラマの
『秋の童話』(2000年)
『冬のソナタ』(2002年)
『夏の香り』(2003年)
『春のワルツ』(2006年)
の「四季シリーズ」で日本に韓流ブームを巻き起こしたことで有名だが、
これまで劇場映画の監督経験はなかったという。
本作『心に吹く風』が初メガホンなのである。
はたしてどんな作品になっているのか、
ワクワクしながら鑑賞したのだった。

友人の住む北海道・富良野の郊外を訪れ、
作品作りのための撮影を続けていたビデオアーティストのリョウスケ(眞島秀和)。

乗っていた車が故障し、
電話を借りるために立ち寄った家でドアを開けたのは、
高校時代の恋人・春香(真田麻垂美)だった。

23年ぶりに再会した彼女に家族がいることを知りつつも、
撮影へと連れ出すリョウスケ。

彼のお気に入りの小屋の中で雨宿りをしながら話すうちに、

高校時代の気持ちを思い出していく春香。
静かな時間の中でふたりの距離は縮まっていく。

翌々日には北海道を離れなければならないリョウスケは、
もう1日だけ一緒に過ごしたいと春香に頼むのだった……

映画を見ての第一印象は、とにかく「映像が美しい」ということ。

北海道の富良野を舞台にしているので、雄大な風景はもちろんのこと、
風に揺れる木の葉や、
雨に濡れる建物の壁面や、
大地に降り注ぐ光などが、
実に繊細に撮られているのである。

〈光の粒子さえ見えるのではないか……〉
と思えるほどに……

その美しい風景の中で、
春香を演じる真田麻垂美が、
それにも増して美しい。

1977年8月1日生まれなので42歳(2019年11月現在)なのだが、
(撮影時は38~39歳頃だと思われるが)
『月とキャベツ』のときの印象そのままに、
清楚で、清潔感がある容姿と雰囲気に魅せられる。

真田麻垂美が、休業後、どのような生活をしていたのかは知らなかったが、
某インタビューで、次のように語っている。
演じることから離れて16年、結婚して出産もし、ある意味春香と同じように、自分よりも大切な存在を中心に過ごしてきたように思います。
(中略)
物語は、普通の主婦をしていた春香の前に偶然リョウスケが現れて、「あなたはどうしたいの?」と言う。そこで、ふと我に返る、というところから始まります。そこはその時の私と全く一緒だと思ったんです。
なので、春香という女性がリョウスケと離れてから何を大切にして生きてきたのかを考えました。仕事もしていたと思いますが、その糧は何だったのか、きっと当たり前のことを当たり前にひとつずつ丁寧にやってきた女性なんじゃないかと思ったんです。
「当たり前のことを当たり前にひとつずつ丁寧にやってきた女性なんじゃないかと……」
という彼女の推測は当たっていると思う。
映画の中の春香は、
結婚し、出産し(娘が一人)、日々の生活を丁寧に生きている。
映画を見る者にも、そんな春香と、春香を演じる真田麻垂美が重なって見える。
まったく違和感がない。
これが、演技経験が豊富な40歳前後のベテラン女優が演じたならば、
まったく違った作品になっていたことだろう。
ドロドロとした不倫感満載のドラマになっていたかもしれない。
それが真田麻垂美という初々しささえ感じさせる女優が演じたことで、
爽やかさや哀切さを感じさせる作品になっている。

ユン・ソクホ監督の「四季シリーズ」では、
私自身は、ソン・イェジンのファンということもあって『夏の香り』が一番好きなのだが、

真田麻垂美自身も、
『冬のソナタ』をはじめ監督のドラマは全部見ていました。特に『夏の香り』が好きで、今回、監督の作品の一部になれたことは光栄で、ずっとわくわくしていました。
と語っていたが、
『夏の香り』と同じく、

滴るような美しい緑が印象的な自然を背景した物語で、
そういう意味でも私の好きな作品であった。

ユン・ソクホ監督は、
真田麻垂美出演作『月とキャベツ』も見ていたと思われ、
ほとんどが主人公の二人だけの物語……という類似性だけでなく、
相手となる男性がピアノを弾くシーンや、

白い野菊(?)を渡すシーンなどに、

『月とキャベツ』へのオマージュも感じられる作品になっていた。

リョウスケを演じる眞島秀和も、
(好い意味での)アクの強さがなく、
自己主張しない控えめな演技で、
この作品に(違和感を感じさせない)リアリティをもたらしていた。

また、回想シーンに出てくる、
高校時代のリョウスケと春香を演じる、
鈴木仁と、

駒井蓮も、

爽やかな演技でこの作品を質の高いものにしていた。

16年ぶりに女優復帰を果たした真田麻垂美を見ることができたこと、
そして、その復帰作が美しい作品であったことに、感謝したい。

美しい風景、
美しい真田麻垂美を見たくなったら、
また本作を見ることにしよう。

ドロドロした不倫ものではなく、
むしろ、大人の童話のような『心に吹く風』。
機会がありましたら、ぜひぜひ。